喧嘩ばかりだった両親のようにはなりたくない

もちろん、子どもがいる離婚を決意するには勇気がいった。でも逆に、子どもに仲が悪い両親の姿を見せたくないという思いがあるからこそ、選んだ離婚だとも言えた。

「私の両親は喧嘩ばかりしていたんです。母は、お父さんがこうだから私は不幸だ、お父さんがああだから私は幸せになれない、でも子どもがいるから離婚できない、と愚痴ばかり。それを聞かされて育つのは、子ども心に辛いことでした。息子には、そんな思いをさせたくないと思いました」

和恵さんが高校生のとき、父親は家を出て行った。祖母の世話をするという名目で、はじめは実家に住んでいたが、祖母が亡くなっても帰って来なかった。いまはどこに住んでいるかわからない。年に1、2度正月などに顔を合わせるが、ふだんの生活ぶりは謎。それでも、離婚はしていない。給料は前と変わらず振り込まれており、母親はそれで生活している。

「母は幸せにしてもらおうと思って結婚したのに、自分が思い描いたような結婚生活を送れなかったから不幸せになった、それは父親のせいだ、と恨んでいます。私もはじめは元夫に対して、どうしてそんなにダメなんだ、もっとしっかりしてよ、もっと私を幸せにしてよ、という思いがありました。でも、あるとき気づいたんです。

相手に変わってほしいと思っても相手がそう思わなければ無理なのだから、幸せを相手に依存していたらいつまでたっても幸せになれない自分を幸せにするのは自分。そう思って、離婚を選択しました。両親と同じ道を歩まずにすんだと思います」

幸せは相手に「してもらう」ものか

離婚に際しては、和恵さん主導で公正証書をつくり、親権は和恵さんがもち、養育費として月4万円をもらうと取り決めた。元夫は、書面も読まずに判子を押した。

「本当に子どもみたいな人なんですよ。一緒に暮らすのは勘弁だけど、悪い人ではないので、いまはごく普通の関係です。養育費もきちんと払ってくれています。仕事もいまはちゃんと続けているみたいで、『偉いでしょ』とか言うので、心の中で『あたりまえなんだよ』って突っ込んでいます」

息子にとっては、お父さんというよりはお兄ちゃんみたいな存在で、年に2回ほど夜行バスに乗って会いに来たときは、一緒にレゴを作ったりしている。

「もっと会いにきてやってほしいとも思いますが、東京と大阪で交通費がかかるのでね。いまのところそれくらいのペースが彼の収入では限界みたい」

一緒に住んでいたら憎んでしまった夫だったが、互いの依存から解放されて「一人の子の親同士」という関係になることで、穏やかになることができた Photo by iStock

離婚して2年、いま和恵さんはとても幸せだ。子どもと暮らし、働き、人生の楽しみを共有できる友だちもいる。家のなかに争いの種がないことが、自分のペースで過ごせることが、こんなにも快適だなんて。

「結婚するのがあたりまえだと思って結婚したけど、もしかしたら私、人と暮らすのには向いていなかったのかもしれません」

誰かに幸せにしてもらおうと思うと、それが叶わないときに苦しくなったり相手を恨んだりしてしまう。自分で自分を幸せにしようと腹をくくれば、いい意味で人に期待しなくなり、人間関係は好転する。子育てもますます楽しくなったし、確執のあった母親とも最近は、穏やかな気持ちで接することができるようになった。

結婚・離婚を経て、依存心を手放すことができたのがいちばん大きな収穫かも。人生の学びになりました」