加藤勝信・総務会長宛の書状が物語る、未解決「馬毛島問題」の深層

果たして決着はつくのだろうか…

「防衛省担当者に妨害を受けている老人」

墨痕鮮やかな、とはこういう文字をいうのだろう。

86歳の年輪を感じさせる筆書きの挨拶状で、「加藤勝信大臣殿」という送り先は、安倍晋三首相の信頼の厚い加藤勝信・自民党総務会長であり、送り主は馬毛島の所有権者として知られるタストン・エアポート社長の立石勲氏である。

書かれた「平成二十八年七月十三日」といえば、防衛省との売却交渉に限界を感じた立石氏が、「普天間基地辺野古移設の代替案」として馬毛島移設をおおさか維新の会・下地幹郎政調会長(当時、以下同)などと共同で提案、辺野古移設反対派の翁長雄志・沖縄県知事の視察を受け入れていた頃である。

 

文中に「星霜十一年、防衛省担当者に妨害を受けている老人です」とあるように、防衛省との交渉は暗証に乗り上げていた。

不動産鑑定評価書をもとに400億円を主張する立石氏に対し、防衛省の意向は10分の1以下。とても話し合いにならなかった。

日米両政府は、06年、空母艦載機の部隊を神奈川県の厚木基地から山口県の岩国基地に移駐させるのに合意。「タッチ&ゴー」と呼ばれる空母艦載機の陸上離着陸訓練地を探していた。

その候補地となったのが馬毛島で、種子島西方12キロと岩国から近く、しかも無人島で訓練に伴う騒音被害が少ないことから最適地とされ、買収交渉が始まった。

だが、価格の溝は埋まらず、「普天間受け入れ」を模索する一方で、国への売却を優位に進めようとし、政治力に期待した。

「当時、立石氏が頼りにしていた債権者は、都内で不動産事業を幅広く展開しているR社です。代表はゼネコン出身で政界にも顔が広く、加藤勝信先生とは義父の六月先生の代から親しく付き合っています。その縁で、立石氏を紹介した。さすがに大物の登場で、膠着状態はとけました」