夏場所V・朝乃山と同じ富山が生んだ、もう一人の「大物」力士

角界から「日本三大億万長者」へ
二宮 清純 プロフィール

誰もが応援したくなる男気

それにしても、なぜ鷲尾獄はホテル経営に乗り出したのでしょう。先の自伝によれば、帝国ホテルなどを建設した実業家の大倉喜八郎から<ホテル商売は堅いが、もうからない。だけど、紀尾井町なら場所はいい。ぜひ、おやりなさい>と勧められたのがきっかけだったそうです。

<このホテルの重役には、鉄鋼(八幡、富士、日本鋼管)をはじめ証券、商社、弱電機、ビール関係など有名どころ20数社から出ているが、こうした応援は私の男気を買ってくれたからである。私はホテルのために所有地2万坪をわずか13億円に評価して現物出資したが、これを実際に評価すると100億円である。私はお客さんをいいホテルに、安く泊めるために安く手放したわけだが、みんな「大谷がオリンピックにそれほどの気持ちを持っているなら応援しよう」ということになったのだ>

 

さらに言えば蔵前国技館も鷲尾獄の尽力なくしては完成しませんでした。<死んだ立浪親方や出羽海親方、それに相撲協会の取締役が、「大谷さん、ぜひ力を貸してほしい」と申し入れてきた。私はふたつ返事で引き受けた>(同前)というのです。

最後に鷲尾獄の名誉のためにいえば、彼は相撲で芽が出なくて廃業したわけではありません。草相撲で左手中指を失っており、上位を狙うには、それが致命傷になったというのです。<なまじ幕内にあがると、かえってやめにくくて困ったに違いない>(同前)と本人も述べています。

しかし力士に見切りをつけなければ、「鉄鋼王」と呼ばれることもなければ、ホテルニューオータニの開祖となることもなかったわけですから、なるほど、人生とは糾える縄の如し、です。