【川崎事件】岩崎容疑者はなぜ伯父夫妻を襲わなかったのか

もっと根深い闇があったのだろうか…
井戸 まさえ プロフィール

親が離婚した子を待つ「いじめ」

こうした「離婚」にまつわる厄介ごとを回避する一つの方策として、離婚後も氏を婚姻中の氏を使用することができる「婚氏俗称」を含む民法改正が昭和51年に行われた。

それまでは離婚すると旧姓に戻る=復氏するしかなかったため、仕事や社会的活動を行う場合には旧姓に戻さなければならなかった。

改正が浮上する昭和51年の時点では婚姻時には98.8%は女性が夫の氏となっていたため、女性が離婚した場合、氏が再び変わり好むと好まざると世間に離婚したことがわかってしまうのだ。

 

母と同氏にすると子どもも氏が変わるので、学校等で「いじめ」の対象となり社会問題として捉えられるようになる。

離婚後にも婚姻当時の氏を使うことができるよう婚氏続称を願う声は高まり、国会への請願署名は200万筆に至った。折しもロッキード事件が起こり汚職政治家への風当たりが強くなる中、三木武夫内閣は民法改正することを決断する。

この法案は急場で作ったために、成立時から立法過程やその内容に不備があることが指摘され、また離婚したことを後ろ向きに捉えるといった法案の限界を指摘する向きもあるが、とりあえず「離婚したことをわからなくする」ことの効果は出たのである。

しかし、成立に尽力した三木首相も、法務大臣の稲葉修も、自らの業績を記した回顧録の類には一切記述をしていない。

つまり離婚女性に手を貸したと思われたら保守政治家にとっては不名誉であると言わんばかりの、当時の時代の空気がそこにある。