丸山ゴンザレス「アジアを席巻する格闘技イベント」に潜入!

「ONE Championship」観戦記

日本とアジアの温度差

世界中の危険地帯を巡るジャーナリスト。少々格好をつけた自己紹介をするとこんな感じになるだろうか。

いつもであれば、スラムや犯罪多発地帯の現実をレポートするところだが、今回は危険地帯ではなく、毛色が大きく変わって、「格闘技」と「プロレス」についてレポートしたい。

前編で取り上げるのはONE Championship。後編はWWEとレッスルマニアだ。

ONE Championshipはアジアを席巻する総合格闘技イベントで、今年3月、日本初上陸を果たした。WWEはアメリカのプロレス団体で、レッスルマニアは年間最大のイベントである。どちらもメジャーかつビッグイベントだ。

幸運なことに3月31日から4月上旬にかけて、この2つのイベントを立て続けに取材(観戦)する機会を得た。最初はファン目線で見ていただけだったのだが、せっかくの貴重な経験をとどめておく気になってしまうのは、物書きとしての性でもある。

試合ごとの掘り下げや分析は、専門の人に任せて、私なりに両方のイベントを比較して見えてきたものをお届けしたいと思う。

RINGSを食い入るように見たあの頃

さて、本論を展開する前に、私の格闘技歴やプロレス観戦歴についても念のため紹介しておこう。危険地帯ばかりが私の得意フィールドではないという自己顕示欲によるものだが、少々お付き合いいただきたい。

中学は柔道部。プロレスはテレビで見るぐらいには好きだった。高校からは漫画『空手バカ一代』の影響で極真空手にはまって、同系統の大道塾という、わりと過激なルールの道場に通うようになっていた。

 

同じ頃、WOWOWでRINGSが放送されていた。同級生に録画してもらって、友達の家に集まって食い入るように見入った。

大道塾とRINGS。夢枕獏先生の格闘技小説のような夢の世界に浸っていた私が次に衝撃を受けたのは、1994年3月11日、UFC 2に日本人として初参戦した大道塾の市原海樹先輩だろう。

この当時、日本では空手の素手顔面打撃を認めるかどうかの議論があった。そこに、ほぼノールールともいうべきUFCが登場。前回大会で勝利し、すでに最強と呼ばれだしていたブラジリアン柔術のホイス・グレイシーに挑む日本人空手家が、市原先輩だった。結果、市原先輩は敗北したが、私の記憶にはその勇ましい姿が鮮烈に刻まれた。

プロレスはずっと大好きだったし、Uインター系も好きだった。RINGSのエースで代表だった前田日明さんの大ファンだったからだ。自伝として出版された『パワー・オブ・ドリーム』(角川文庫) は何度読み返したかわからないほど。だから、世間でなんといわれようとRINGSは私の格闘技嗜好のど真ん中にある。

それからはプロレスラーを目指したりもしたが、才能も筋力も足りなくて、結局大学進学のために上京。大道塾での稽古は続ける一方、ブームになっていた修斗に熱中し、選手のTシャツを買い漁った。

格闘技に熱心になったからといってプロレス熱がさめたわけではない。ジャイアント馬場さんのお別れ会で、武道館までいったぐらいには熱心だった。それに当時大学の近所に新日本プロレスの本社があり、武藤敬司さん、中西学さん、魔界倶楽部などなど、レスラーを見かける機会が多かった。無論、見かけたときはテンションが極度に跳ね上がっていた。

「キモいから、少年のようなキラキラした目をするな!」

友達からそんなツッコミを受けることもよくあった。

その後も中学の柔道部の仲間や親しい友達が修斗の選手としてプロデビューするなど、総合格闘技との縁は続いており、今に至るまでプロレス&格闘技ファンであると自認している。ちなみに空手や総合での戦績は、弱くはなかったと思うが、あまりパッとしなかった。プロになれなかったということで、私の実力などは察してもらいたい。

私のどうでもいい格闘技遍歴はこの辺にして本筋に戻そう。