日本が人工妊娠中絶の「後進国」であるという悲しい事実

Session-22✖️現代ビジネス
荻上 チキ, 遠見 才希子, 染矢 明日香

チキ 本来、医師というのは医療の専門家であって、技術者とか職人とはまた違うわけですよね。医療の世界では旧来使われてきた方法が革新され、それに伴って昔の方法を捨てる、ということはずっと繰り返されてきたわけで、「この分野においてはある特定の技術を身につけなくてはいけない」という考え方が残ること自体、疑うべき対象でもありますよね。

「中絶する人は、痛みを感じても構わない」?

遠見 そうですね。でも私自身も長いこと産婦人科の激務で忙殺されて、中絶の問題に向き合えていなかったんです。それが変わったのは、最近、大学院に入学して、精神科医の斎藤環先生の下で調査などをするようになってから言われた一言でした。

さきほども言ったように、中期中絶の場合は手術でなく、人工的に陣痛を起こして分娩させ中絶することになるのですが、このとき無痛分娩を利用する選択肢を提示しないことがあります。無痛分娩にもリスクはある上、中絶の場合、患者さんの自費負担で費用が高額になってしまうこともあって敢えて説明していないのです。

一方で子宮内で胎児が亡くなってしまった流産の方の場合は、無痛分娩を選択肢として提示することがよくあります。

この話を、あるときに大学院で何気なくしたところ、ものすごく驚かれたことがあるんですね。

中絶と流産は、医療行為としてはやっていることまったく同じで、胎児の心拍が動いているか止まっているかの違いしかありません。だから「同じ医療行為なのに、なぜ対応を変えるんだ?『流産の人は気の毒だから痛みを取ってあげるべきだけど、中絶の人は痛みを感じても構わない』と医療従事者が思っているからなんじゃないか?」と指摘されて、私自身ハッとしたわけです。そこで私も考えが変わりました。

チキ なるほど。だからそういった仕方が今でも継続されていて、なおかつ産婦人科医の方々の中にもそれを疑う声がなかなか出てこないというような状況がある…。

遠見 薬剤による中絶に関しても、おそらくこれから治験が始まったりとか、解禁に向けた動きは出てくるとは思います。とはいえもうすでに、他の国から30年、40年遅れているものなんですね。

中絶で使用される薬剤は、他の国では1988年から使われている、WHOも必須薬品に指定しているものです。ただ、「薬による中絶ができるようになると、安易に中絶に踏み切る人が増えるんじゃないか」とか、「性が乱れるんじゃないか」といった意見が、一般の方だけでなく医療者にもあるのかもしれません。

チキ 染矢さん、こういった中絶の新しい選択肢が世界的にはあるにもかかわらず、少なくとも今の日本では法的にも現実的にも対応できていない、このあたり、どのようにお感じになりますか?

染矢 そうですね。私自身も思いがけない妊娠をして中絶を考えたときに「薬で中絶ができるんじゃないか」と思ってインターネットで色々調べてみたんですけども、日本ではそれはできない、手術するしかないと知って、やっぱりこわいなと思いましたよね。

薬による中絶の安全性は証明されていて、他の多くの国では導入されているにもかかわらず、ましてや日本の医療技術は高いにもかかわらず、なぜここの分野だけ遅れているのか、ということには、すごく疑問を感じています。

 

チキ また、思いがけない妊娠が発覚して選択を迫られる状況では、時間的な余裕もないし、金銭的にも精神的にも追い込まれがちなわけですよね? そうした状況でさらに身体的に恐怖を感じるとなると、もうパニック状態というか、本当に困惑すると思うんですけれども。

染矢 そうですね。中には妊娠に向き合うことの負担が大きすぎて耐えきれないという人もやっぱりいます。それが、望まない妊娠からの出産につながっている面もあると思います。

チキ では、その辺りも含めて、次のチャプターに。

【後編に続く】

遠見才希子:「えんみちゃん」のニックネームで大学時代から全国の中学校、高校などで性教育の講演を行い、2019年5月時点で700校を超える。大学院の研究テーマは性暴力と人工妊娠中絶。著書に『ひとりじゃない~自分の心とからだを大切にするって?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。公式ブログ
染矢明日香:NPO法人ピルコン理事長。若者向けのセクシャルヘルスセミナーや、イベントの企画・出展の他、中高生向け、保護者向けの性教育講演や性教育コンテンツの開発・普及を行う。“人間と性”教育研究協議会東京サークル研究局長。著書に『マンガでわかるオトコの子の「性」』(監修:村瀬幸浩、マンガ:みすこそ、合同出版)