日本が人工妊娠中絶の「後進国」であるという悲しい事実

Session-22✖️現代ビジネス
荻上 チキ, 遠見 才希子, 染矢 明日香

教科書での中絶の扱い

南部 そしてもうおひと方、NPO法人「ピルコン」代表の染矢明日香さんです。よろしくお願いします。

染矢 よろしくお願いします。

チキ よろしくお願いします。染矢さんには以前この番組で、日本ではピルの販売や普及が遅れているという話、あるいはアフターピル(女性が避妊に失敗した際に、緊急避難的に服用するピル)のお話などをしていただきましたけれども、この普及をめざすピルコンの活動と今日のテーマとの関わりはどうお感じになっていますか?

染矢 はい。私たちの団体は中高生向けの性教育講演活動をメインにやっていまして、大学生や若い人と一緒に、身近な大人の立場から伝えることを重視しています。活動を始めたきっかけは、私自身が大学生のときに思いがけない妊娠をし、その後中絶という選択をとったことですごくつらい思いをした、ということです。

そのとき「日本全体ではどのくらい妊娠中絶が行われているのだろう?」とふと気になって調べてみると、年間で16万件も行われている。こんなにもたくさんの数の中絶が行われているのに、私は自分が当事者になるとはまったく思っていませんでしたし、避妊や中絶についての情報も、妊娠して初めて知ることがたくさんありました。

でもその「避妊・中絶に関する情報がない」のは私ひとりに限った話ではなくて、まわりの他の大学生たちも同じだったんです。ならば、誰にとっても必要なこの知識を広めていきたい、と思って活動を始めるようになったというわけです。

チキ 染矢さんが活動を始めた時点では、日本は中絶に関する情報がまったく周知されていないという印象をもたれていたと思うのですが、その印象は活動を始めてから変わりましたか?

染矢 いえ、変化は感じないですね。たとえば、高校の保健体育の教科書にも中絶についての記述がありますが、中絶を行うにあたってどういう処置がなされるかとか、身体的・心理的にどのようなリスクがあるとかの詳しい解説は書かれていません。逆に、中絶は「命を摘み取る行為」であって、できる限り避けるべき、ということだけが書かれている状況だと認識しています。

 

チキ 実はいま僕らの目の前に、遠見さんが用意してくださった教科書があります。該当の部分を、南部さん、ちょっと紹介できますか?

南部 「人工妊娠中絶」の項目ですね。

〈我が国では現在、妊娠した場合でも特別な理由があれば、ある限られた時期までは、手術によって胎児を母体外に出すことが法律(母体保護法)で認められており、これを、人工妊娠中絶といいます。人工妊娠中絶は、女性にとって身体的な負担が大きく、精神的にも大きな傷を残すことになります。行う時期が遅くなるほど、健康を損なう可能性は高くなります。中絶という新しい命の芽を摘む行為をしないためにも、妊娠を望まない性交の場合には、確実に避妊することを忘れてはなりません〉

チキ 精神的に大きな傷を残す、とありながら、その傷を拡大するような記述が、すぐ直後に出てくる…。でもこれが、今の高校保健体育の教科書の実情というわけですね。

染矢 そうですね。おっしゃる通りです。

中絶の法的な位置づけ

チキ では中絶について、いろんな観点から考えていきますが、まずいまの教科書でも一応触れられていた法的な部分を含めた基礎知識を押さえていきましょう。日本は、中絶の合法化は他国に先駆けてなされた、ということなんですけども、法律上はどういう位置づけなんでしょうか?

遠見 明治時代の日本には「堕胎罪」というのがありました。女性が堕胎した場合、もしくはその女性から依頼されて堕胎した人が、懲役刑に課せられました。その一方で女性を妊娠させた相手の男性は処罰されない、とかいろいろ問題のある法律なのですが、実はこの堕胎罪は、いまもまだあります。

中絶が日本で合法化されたのは1948年に制定された「優生保護法」からです。敗戦後の食糧不足などを背景に人口を減らす必要があったから作られたのではないか…とも言われているんですけれども、優生思想に基づいて、病気や障害をもつ子が生まれてこないよう、遺伝性疾患や、遺伝性ではない精神疾患や知的障害のある人への強制不妊手術が認められていたのが、この法律の一番の問題点です。

堕胎罪は先程も述べたように今もあるものですが、1996年に旧優生保護法を改組(優生思想に基づく条文を削除)して制定された「母体保護法」によって、現在では「条件」を満たした場合は中絶が認められています。

チキ その「条件」とは?

遠見 「妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれ」があったり、または「暴行もしくは脅迫」、つまり強制的な性交による妊娠だった場合、母体保護法が指定する医師が認定することで中絶が認められます。

ここでのポイントは、「人工妊娠中絶」と「堕胎」は異なり、「中絶」の場合は罪にはならないということです(「堕胎」は、法律で認められている中絶の条件を満たさずに中絶以外の方法で胎児を体外に排出することを言う)。