信義を守ることより大事なこと

【5分de名著】マキャベリ『君主論』全訳注:佐々木毅④
講談社学術文庫 プロフィール

すぐれた偽善者たること(第一八章続き)

もし人間がすべて善人であるならば、このような勧告は良くないであろうが、人間は邪悪で君主に対する信義を守らないのであるから君主もまたそれを守る必要はない。そして君主は信義を守らないことを潤色する正当な口実を必ずや見いだすものである。

このことについては最近の無数の例を挙げることができようし、またどんなに多くの平和や約束が君主の不誠実のために無効となり、効力を失ったかを示すことができよう。

 

さらに狐を巧みに用いることを知っていた者が成功したことを示すことができよう。そしてこの狐の性質を良く心得てそれを巧みに潤色し、秀れた偽善者、偽装者たることが必要である。人間というものは非常に単純で目先の必要によってはなはだ左右されるので、人間を欺こうとする人は欺かれる人間を常に見いだすものである。

私は最近の例のうち沈黙するわけにいかないものが一つある。アレクサンデル六世は人間を欺く以外の何事もなさず、これのみに心を用いてきたが、常に欺くことのできる臣民に事欠かなかった。

彼ほど約束の実効性を強調し、大げさな宣誓をしてそれを確認し、しかもそれを守らなかった人間はほかに見当らない。それにもかかわらずその欲するままに人を欺くのに成功した。実に彼はこの世のこの方面の事柄に通暁していたのである。

それゆえ君主にとって必要なのは上に述べたような資質を有することではなく、それらを持っているように見えることである。さらに敢て述べるならば、君主がこれらの資質を具え、それに従って行動するのは有害であるが、それを具えているように見えるのは有益である。

すなわち、慈悲深く、信義に厚く、人間性に富み、正直で信心深く見え、実際にそうであるのは有益である。

しかしそうでない必要が生じた時にはその正反対の態度をとることができ、そうする術を知るように、自らの気質をあらかじめ作り上げておくことが必要である。

君主、特に新しい君主は、人間が良いと考える事柄に従ってすべて行動できるものではなく、権力を維持するためには信義にそむき、慈悲心に反し、人間性に逆らい、宗教に違反した行為をしばしばせざるを得ない、ということを知っておかなければならない。

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