髙橋秀実さんにお悩み相談「哲学のことが、わからないのです」

人生相談名人の回答とは
現代新書編集部 プロフィール

哲学は悩み解決の邪魔!?

R介 『悩む人』では、日本の哲学や舶来の話の章の冒頭に、読売新聞「人生案内」に寄せられた、外国人にしかドキドキしない、恋愛や結婚の対象にならないという20代の女性の悩みが紹介されています。それに対する高橋さんの回答が切れ味があって……。

髙橋 人生相談、お悩み相談の回答者というのはやって初めてわかるんですけれど、とても難しいんです。

まず相談者を傷つけてはいけないと思います。でもノンフィクション作家という仕事柄か、相談者の言っていることのウラを取りたくなります。

寄せられるお悩みの多くが人間関係で、だいたい相手の批判のようなことが書いてある。そうすると、できればお悩みの原因になっている相手の話を聞きたくなる。お互いに言い分があるでしょうからね。

それを踏まえた上で、お悩みが解消するような気の利いた正解を書きたい。そんなことをあれこれ考えているうちに、自分の番が回ってくるわけです。

読売新聞では回答者が12人いて12日に1回、回答しなくちゃいけないんです。それで「もう少し考えさせてください」と順番を飛ばしてもらったりして。そうこうするうちに3ヵ月も経っちゃって、お悩みはすでに解決済みで、蒸し返すことになるんじゃないかと心配したりして……。

やっと回答を書き上げて紙面に載ると、読売新聞の「人生案内」は毎日絶対に読むというファンが大勢いて、ネットに「回答者はわかっていない」とか「そんなこと言っちゃっていいのか」とか書き込んで炎上したりするんです。

さらには「私ならこう回答する」と自分の回答を発表する人もおり、それに対して別の人が「私なら」と批評合戦が始まる。

実は世の中に回答者はたくさんいて、どうやら私は「叩き台」を書いているんですね。なんだか生贄というか踏み台にされているようで、こう見えて気が小さいものですから、いちいち落ち込んだりして、もっと書けなくなるんです。

困り果てて、妻に「この悩み、どう答えればいいかな?」と聞いたら、「これは、こうね」とスパッと2秒で回答したんです。

あまりに早すぎるんで、「いや、しかし」と。相談者の心情、相手との人間関係、そして社会状況、さらには読者の反応、それらも考慮しないといけないと言ったら、「そんなの全部考えた」と。

2秒でですよ。天才かと思って……。

R介 さすが、小林秀雄賞の授賞式(2011年)で、髙橋さんが「愛してるよ~」と言った、奥さんですね。

髙橋 省みるに、私は熟慮に熟慮を重ねているつもりだったんですが、本当は自分の体裁を考えているんですね。

彼女は相談の文面から直にその人に接している。直に接しているから答えが出るんです。やっぱりこれはお悩み相談の場数なんでしょう。

私もそうですけど男の場合は、まずお互いの肩書を確認し合って、儀礼的な挨拶して話し出します。

相談事でも「う~ん、難しいねえ、いろいろあるからねえ」とか「お互い腹を割って話さないとわからないからね」とかぶつぶつ言って、回答から逃げる。

ところが女性は見ず知らずのたまたま横にいた女性と突然、「もう、暑いわね~」「そうね、暑くて本当にやんなっちゃう」なんて会話が始まるじゃないですか。このやりとり、じつは軽いお悩み相談になっています。

ファミレスでもどこでも、女性が2人集まればこういう小さなお悩み相談会になる。全国津々浦々、日々のお悩み相談で彼女たちは見事に鍛えられているんです。

そう考えると、日本語というのはお悩み相談の言語なんじゃないかとすら思えてくるんです。実際、「てにをは」の使い方も悩ましいでしょう。

別に女性だからお悩み相談が上手いかというと、これは場数次第なところがありそうです。その点、やっぱり源氏物語はすごいです。お悩みがお悩みを呼ぶ、とめどないお悩み。

紫式部も言うように「はかない(計り知れない)」人生相談ですよ。私なんか読んでいると頭がくらくらしてきますが、お悩みにきちんと答えている光源氏はエラい、とあらためて感心しました。

私も見習わなきゃいけない。令和の男は光源氏を目指さなきゃダメですね。

一般的に女性は感情的で哲学的でない、と思われがちですが、それは「知を愛する」のではなく「愛するを知る」からでしょう。

「philosophy」の意味からすると、女性のほうが哲学者なんです……。

R介 ちょっと待ってください。一気にもりだくさんになってきましたので、この続きはもう1回やりましょう! それにしても、『悩む人』を読むと、哲学のことが見えてくるうえに、悩みが消えていきますね。 (後編に続く)

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