『陽の鳥』 著者:樹林伸

希代のヒットメーカーが挑むメディカル・エンタテインメントを連続公開 VOL.1

「しょうがないな、教えてやるか」

 森彦はレンズを覗いたままで答えた。

「きみだよ、名嘉城君。こっそりきみの髪の毛を手に入れて、核を取り出してクローン胚に使ったんだ」
「あーっ、やっぱりそうだったんですね。だったらやっぱりそいつ、殺さないでおいてやってくださいよ」
「殺すってなんだ。人聞きが悪い言い方をするもんじゃない」

 名嘉城の率直な言い方に少し気分を害して、森彦はたしなめた。

「これはまだ、ただの胚であって胎児にすらなっていないんだ。こうやって、ガラス管の先で膜を破って中を吸い出してしまえば壊れる、ただの細胞の塊さ」
「でも、生きてるじゃないですか」

 名嘉城は真顔になって、
「女性の子宮に戻してやれば、受精卵と同じように着床して胎児になって、一年も待たずに赤ん坊としてこの世に生まれてくるんです。そいつは、もう人間ですよ。それも、僕の分身なんだ。そう思うとやっぱり・・・」
「心配するな、冗談だ。こいつは、俺の白血球から作ったクローンだよ」

 面倒になって、種を明かした。

「知っての通り、分化が進んだ髪の毛の細胞などはクローンの素材には向かない。本当は、第一号はきみの細胞から作りたかったんだが、チャンスがなくて諦めた。本人に知られずにクローン向きの細胞をいただくのは、あんがい難しいからね」
「なんだ・・・ひどいじゃないですか」

 ホッとした途端、むきになった自分が恥ずかしくなったのだろう、名嘉城は冗談めかしてみせた。

「もし僕のクローンだったら、壊した後でこっそり葬式でもあげようかと思ってたんですよ。なんだそうか、先生のクローンか。だったらさっさとぶっ殺しちゃってください」

 森彦は苦笑して、
「そのつもりだよ。俺はきみほどロマンチストじゃないからね。自分のクローンであっても、たんなる細胞の塊にしか見えない」

 この言葉は嘘だった。本音では自分の年の離れた双生児であるクローン胚を壊すのは、あまり気持ちのいいものではない。ただ、名嘉城に対してだけでなく、ことあるごとに自分にも、たんなる実験材料であると言い聞かせる必要があった。細胞のひとかけらにいちいち生命の存在を感じていたら、こんな研究はやっていけないという自戒をこめて。

 人の誕生は、胎児が産道を通って外気に晒された瞬間。人の死は、脳ないし心臓が完全に機能を停止した瞬間---。

 そう絶対的に思うことでしか、機材や薬品を用いて生命を操作し、あるいは人造しようとさえする生命科学の研究者である自分を正当化できない。他人のことは知らないが、少なくとも森彦はそうだった。

「まあ、残念だがこのクローン胚はお役御免だ」

 森彦は、顕微鏡視野の真ん中に丸く拡がって見える胚盤胞の皮膜を、マニピュレーターのガラス管で乱暴に破き、中の細胞塊をぶちまけた。細胞が苦しんでいるように見えたが、錯覚だと自分に言い聞かせ、そのうちの一つにガラス管を差し込んで陰圧、つまり吸い込む力を加えて、中の核をサンプルとして抜き出す。世界中の生命科学の実験室の中で淡々と行われている、日常的な作業だった。