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「ここは戦争中の国だと思え」丸山ゴンザレス、ブラジルスラム潜入記

クレイジージャーニー裏日記⑭前編

「ギャングと警察」究極の選択

世界の流れを掴むうえでどうしても外せない国というのがある。南米でそれにあたるのが、ブラジルだ。

この国を知ることは、日本の将来を予測するうえで不可欠だと考えてきた。漠然とした言い方で恐縮だが、具体的な共通点がいくつかある。

まずは2014年にサッカーワールドカップ、2016年にオリンピックと、立て続けに世界規模のイベントをこなしたことだ。日本は2020年に東京オリンピックを控えている。国民の期待値は相当なものだが、祭りのあとにいったいどんな影響があるのか。それが、ブラジルを見ることで分かるんじゃないかと思った。だから、現地に行ってみたいと思った。

 

ブラジル取材に先立って耳に入ってくるのは、お世辞にも良いとは言えない情報ばかりだった。まとめてみると、「深刻な南米型不況が長期化」「リオ・デ・ジャネイロは過去30年で最悪の治安」といった感じである。

南米型不況とは、天然資源の価格下落にともなって起きる不景気で、資源国の多い南米ではよくみられる。その不況が深刻になっている理由は、アメリカの金利上昇に伴う投資資金の引き上げが影響しているからだという。必要なところにお金がまわらないので、街の治安だって悪化するだろう。

治安の悪化と経済の悪化についての話は耳に入ってきた。それだけなら、ニュースを見ているだけでもできることだ。現地に行って、自分の目で現実を見なければならない。

今回、私はブラジルの治安を確かめるために、現地を取材することにした。ブラジルでは警察組織とギャング組織の双方が抗争を続けているという。治安は悪化しているということなので、そのリスクは承知のうえだったが、自分の身の安全を考えること以上に、私には、そのもっと手前に考えておかなければならない問題があった。取材するにあたって自分の「立ち位置」を決めるということだ。
 
「ギャングと警察のどっちにつくのか」

ブラジルに取材に行ったとき、ギャングにつくのか。警察につくのか――。

「いったいなにを言っているのか」と思う人もいるだろう。一般的な見方からすると、ギャングに接触すること自体が考えられないはずだ。しかし、私にとっては両方共に選択肢になりえる。

いまさらかもしれないが、ジャーナリスト(ジャーナリズムではなく)は必ずしも正義の立場につく必要はないと私は考えている。特に大手メディアに属さない私のようなフリーランスは、海外から面白くて刺激的な情報をどれだけ持って帰ってこれるかという「情報屋」のような側面ももっているから、なおさらだ。

「この国でこんなことが起きています」
「現場に行ったらこんなことが起きました」
「自分の目線でレポートします」

出版社やその他のメディアにこんな文言をつけてレポートを送り、担当者の食指が動けば、その情報を記事にして買い取ってもらう。

極端な話、社会正義よりも大事なものがある。その情報を得るために協力してくれるなら、相手が悪人だって構わない。私のようなフリーランスが考えることはおおよそそんな感じで(もちろん崇高な目的を掲げて行動する人も大勢いるが)、私は長くそういう生き方をしてきたし、それを変える気はない。

善し悪しを議論するつもりはない。いままでこれで成り立ってきたし、少なくとも私はこれからも同じスタンスでやるつもりだ。

ちなみに割に合わないことをやるとはいえ、生きて帰って記事を書くことが一番重要。現地で死ぬ気なんてさらさらないということも、ここで宣言しておく。

先程の二択に戻ろう。警察につくかギャングにつくか、とは、現地で自分が取材するうえで、そのどちらに同行すれば「リスクを抑えて取材ができるのか」ということなのだ。