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衝撃的な川崎殺傷事件「予備軍は多い」に対する大きな違和感

正確な犯罪理解をするには

川崎殺傷事件の大きな衝撃

また社会を震撼させる悲惨な事件が起こってしまった。

神奈川県川崎市で5月28日に起きた無差別殺傷事件は、2人が死亡、17人が重軽傷を負うというきわめて重大な結果を引き起こした。

なかでも、多数の幼い子どもたちが巻き込まれてしまったことに、社会は大きな怒りと不安に包まれている。

これまで子どもをターゲットした犯罪に対する防犯策では、一人歩きの子どもが不審者などに狙われるようなケースを想定していたものが多く、集団登下校や大人の見守りなどに力点が置かれていた。

しかし、この事件は、まさに教師や保護者が見守る集団登校中の小学生が被害を受けたものであり、学校側もこれ以上できないというほどの万全の対策を講じていた。

そうしたなかでの惨劇であったため、われわれは計り知れない恐怖と無力感を抱いているのが現状である。

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「拡大自殺」というキーワード

まだ情報が断片的にしか出ていないなかで、事件の分析をするのは時期尚早であることは間違いない。

しかし、その断片的な情報でもつなぎ合わせてみると、事件に関連すると思われるいくつかの要因が浮かび上がってくることもまた事実である。

たとえば、これまで起きた無差別殺傷事件は、ほとんど場合、犯人は社会不適応状態で孤立し、世の中に大きな恨みや被害者意識を募らせた男性であった。類似事件の数こそは少ないが、本件もそのような典型例であるといえる。

こうした状況のなかで、本人は心理的に追い詰められ、視野狭窄状態に陥って、「失うものは何もない」という気持ちから、いわば破れかぶれの状態に至って、大きな破壊衝動を外にも、そして内にも向けて、無差別殺傷と自殺という帰結を招いたものだと解することができる。

 

この状態を表すキーワードの1つが、「拡大自殺」である。世の中に絶望し、追い詰められた挙句の自殺であれば、どこかでひっそりと首を吊ったり、飛び降りたりする人もいるだろう。

しかし、この事件の加害者とされる男は、社会に対して計り知れぬほどの恨みや憤懣(ふんまん)を募らせていたことが想像される。

それゆえに、「どうせ死ぬのであれば、これまで自分に酷い仕打ちをしてきた社会に仕返しをして、世の中に一泡も二泡も吹かせてから死にたい」との思いから、罪もない無関係の人々に刃を向けたのだと考えられる。

さらに、そうした最後の思いを完璧に遂行するためには、確実に殺害できる相手をターゲットに定めて、弱い子どもたちに襲いかかったのであろう。

成人もまた被害に遭っているが、その場合も背後から狙っており、相手に抵抗されることがない状況を狙ったのだといえる。

もっとも、これらは現時点での断片的な情報と、過去の類似事件をもとにした1つの仮説であることをあらためて強調しておきたい。