否定され続けると心と脳は閉じる

私たち親世代は総じて、自分の親からそんなふうに扱われていない。親の見立てで「おまえはこうだから、こうしなさい」「こうすべき」と言われてきた。そのような抑圧的な子育てを、ぜひアップデートしてほしい。

人と比べないように
そう話すと、決まって親御さんたちはこう尋ねてくる。

――心の中で比べたり、出来が悪いなあと思ってますが、口に出しては言ってません。

「いえいえ。子どもは、口に出さなくても親の感情なんてお見通しですよ」

――そうかなあ。うちの子はぼーっとしてるから気が付いてないと思いますけど。

「うちの子はぼーっとしている」という親御さんは、話上手な人が多いように感じる。
理路整然と子どもに逃げ場を与えないため、子どもは黙る。口を塞ぐうえに、時に脳みそまで沈黙させてしまう。

なぜなら、人の脳は自分に都合の悪いこと、嫌なことばかり言われ続けると、人の話を受け付けなくなる。そのような状態は、脳科学の世界で「逃避脳」と呼ばれる。大人が話し始めると、そんな子の脳は閉じてしまう。

担任から「お子さん、話が聞けませんね」と指摘されたら、わが子を叱る前に自分の胸に手を当ててわが身を振り返ってほしい
トライ&エラーを繰り返した経験者が言うのだから間違いない。逃避脳にならないようにするには、親は質問しては傾聴するのみ。子どもにしゃべらせればいい。

そんな子育てをしていれば「あなたのことをわかりたい」という親の気持ちは、きっと伝わる。「手を差し伸べられる」社会の一員に育てられるはずだ。

子どもが親に心や脳を閉ざさない環境を、親が作る必要がある Photo by iStock

世間では、子どもの通学路の安全確保が語られている。国も動き出したようだ。だが、安全管理を見直すとともに、事件から浮かび上がる社会課題にも注目したい。
被害側に対してと同じように、加害側の問題も整理すべきではないか。

同じ朝、池袋のバス停で全盲の方の嘆きを受け止めた福士さんの言葉を、もう一度かみしめてほしい。

尊重は頭で理解していても行動で示すことができなければ、現実の世界では役に立たない――つまり、他者をリスペクトする文化しか、事件の抑止になり得ないのだ。

そして、あの朝の衝撃を忘れないでほしい。

小さな命が奪われ、傷つけられた事実。その凶行を許すことは決してできない。いや、だからこそ、亡くなってしまった命を尊重し、大切にするため、私たちはよりよい社会を築かなくてはならない。そうすることで、その命はきっとそこにあり続ける。そう思いたい。