島沢優子さんは、スポーツや教育関係に詳しいジャーナリスト。長らく教育の現場を取材し、『桜宮高校バスケット部体罰事件の真実』『部活が危ない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』など数多くの著書がある。

今まで様々な指導者に出会い、子どもたちを伸ばす教育や育児について実感するとともにエビデンスを学んできた。保護者向けのセミナーや講演も多く、個々の相談にも応じる。その島沢さんが提案するのが、今までの凝り固まった思考から一歩踏み出した「アップデートした子育て」だ。連載「子育てアップデート~子どもを伸ばす親の条件」にて、具体例とともにお伝えしていく。

第3回は、5月28日に起きた川崎殺傷事件のような痛ましい出来事が繰り返されないためにも、今私たちができることを考える。

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根底にある問題を解決するために

神奈川県川崎市の路上で、男がバスを待っていた小学生らに近づき、刃物で次々と刺した。計19人が襲われ、小学6年生の女児と30代男性が死亡。男もその後死亡した。

まずは、亡くなられた被害者のお二人に心からのご冥福を祈りたい。そして怪我をしたり心に大きな傷を負ったりしてしまった、他の被害者の皆さま、子どもたちの一日も早い心身の回復を心からお祈りする。

その上で、今回は「事件の根底にある問題」を解決する糸口について考えてみたいと思う。

朝の通勤時に飛び込んできた凄惨な事件を伝える記事に、ネット上では犯人への強い批判の声が相次いだ。

「ひとりで勝手に死ね」
「迷惑かけずに死ねばいいのに」
テレビのコメンテーターも「死にたいなら一人で死んでくれよ」とスタジオから訴えた。

もちろん、犯人の残虐な行いは決して許されることではない。本来ならば、なぜこんなことをしたのかを明確にして罪を償わなければならない。それでも、「死にたいなら一人で死んでくれ」という言葉は、生きづらさを抱えている子どもたちをさらに追い込む危険性があるのではないか。自分が社会から「君のことなんか知らないよ」と見捨てられた気持ちになるかもしれない。

ああ、どうか刺激されませんように――。
そんなことを考えていたら、ヤフートピックスに上がった藤田孝典さんの記事を見つけた。https://news.yahoo.co.jp/byline/fujitatakanori/20190528-00127666/

藤田さんは生活困窮者支援を行うNPOほっとプレス代表理事である。「死にたいなら一人で死ぬべき」という非難は控えてほしい、と呼びかけていた。

「類似の事件をこれ以上発生させないためにも、困っていたり、辛いことがあれば、社会は手を差し伸べるし、何かしらできることはあるというメッセージの必要性を痛感している」(「川崎殺傷事件『死にたいなら一人で死ぬべき』という非難は控えてほしい」より)

深く同意した。社会は「人」である。犯罪に手を染める人の多くは「自分が大事にされていない」「自分が阻害されている」と考える人なのではないか。

それならば、新たな凶行を産まないためにも、私たちは「手を差し伸べられる」子どもを育てなくてはならない。