次の日はガンジス川に行く。日の出に合わせてロビーに集合。私は痛み止めのロルカムをためらうこともなく2錠飲み、「元気」を装った。痛みを隠す時間の始まりである。

ガンジス川の階段状になったガートには男も、女も、大人も、子どもも、立ったり座ったり、止まることなくゆっくりと蠢いていて沐浴をしている。

黄濁色の川の水の向こうにオレンジ色の太陽が顔を出し、川の向こう岸から一筋の赤い線が私たちのいる岸に向かっている。太陽の道ができた。死体やゴミ、洗濯水などの汚水が流れている川とは思えない神々しさがある。遠藤周作が『深い河』に書いていた「死を待つ人の家」があった。

マザー・テレサの祝福

お昼前にカルカッタの駅に到着。埃と汗と濃厚な排気ガスの臭いが混ざっている。車や自転車、台車に人の声、あらゆる音が氾濫していた。威嚇するかのようにクラクションをビービー鳴らす渋滞中の車。一気に疲労感が増した。バスまで5分歩いただけで汗が噴出してくる。

帰りの飛行機までに予定したコースをこなせない。ただし30分ぐらいならどこか行けそうである。希望者が多かったマザー・テレサの修道院に行くことになった。私は足が痛く、引きずるようにして、みんなの後をゆっくり追った。通訳が目を丸くしながら、「早くきてください。今なら、マザーに会えます!」と大きな声で叫んだ。散らばっていたみんなが、いっせいに走ってきた。

修道院の中に入り、階段をのぼって2階の回廊を見ると、マザー・テレサが車椅子に座っている。背中は丸く、うつむきかげんで、両手を重ねて膝の上に置き、優しく微笑んでいた。

車椅子を押していたシスターが、「どうぞ」と近くに導いてくれる。「今日は具合がいいので、こうして車椅子で修道院内を散歩しています。しかし、足はとてもむくんでいます。タイミングよく、お目にかかれてよかったですね」と言葉を噛み締めるように言った。

全員がマザーの身体を気遣っていた。お礼を言って離れようとした時、小さなカードを差し出された。シスターが、「マザーの名刺です。マザーの言葉も書いてあります」と手渡してくれた。両手で名刺を受け取ると、マザーは手を頭にかざして祝福をしてくださった。

「少しでしたら、サインも……」。急いでバッグの中を探すと、列車で読んでいた遠藤周作の『深い河』が手に当たった。差し出すと、「God Bless You. Mother Teresa」と書いてくださった。

身体の痛みを誤魔化しながらのインド出張。しかしマザー・テレサに出会うために調整されたかのように感じた 写真提供/小西恵美子

カルカッタの修道院に何度訪れても、マザー・テレサに会えない人がたくさんいる。予定に入っていなかった修道院に行けたのも、列車が遅れたお陰だった。マザー・テレサに会うために調整されたと思えた。

階段の脇のお御堂で、私は静かに十字を切った。遠藤周作さんに導かれたとしか思えなかった。そして「私に何をお望みですか?」とつぶやいた。

バッグを持ち直そうとした時、指がひっかかった。右手の薬指と小指がぶつかっていた。動かそうとするが動かない。力も入らない。何が起きたのか。私の頭に冷気が広がった。

休みの旅では痛みを感じない。だから海外旅行に行った。日常から逃避し続けた。仕事の旅では痛い。そう感じたらもう戻れない。頭のスイッチが切り変わった。この指の異変は、私のリウマチ生活を大きく変えたのだった。

(次回は6月14日公開予定です)

今までの小西恵美子さんの連載はこちら