この頃、私は海外旅行に誘われれば迷いもせずに行った。断らないのは友人の間に知れ渡った。「痛みがない時間がほしい」「今、行かなければ行けなくなる」と薬を飲み、徹夜をして時間を捻出した。切り取られた別世界を味わいたくて、マイアミ、キーウエスト、キューバ、エーゲ海と貯金もせずに旅費に当てた。私は50歳前後で命が尽きるだろうから、太く短く生きる。そう思っていた。

導かれるように行ったエーゲ海で。短い人生今できることをするために、そして痛みから逃れるために旅をするようになっていた 写真提供/小西恵美子

インドに仕事で行く

インド料理の先生が生徒とともにインド各地を訪れ、先生の歩んできた道をたどる企画でデリーに取材に行くことになった。海外に仕事で行くのは久しぶりだった。

徹夜をしてでも海外旅行に行くとリウマチの痛みは感じずに旅を楽しむことができた。今度のインドの取材もその調子で順調に仕事ができるだろうと思った。初めてのインド、しかもガンジス川に行く予定が組まれていたので、取材で神経は使うものの心待ちにして旅立った。

デリー空港に着くとスパイスが混ざった埃っぽい空気に包まれた。じわっと汗がにじむ。気温が高いだけではなく、湿度も高い。スーツケースを荷物受け取りの回転台から下ろそうとすると指と手首が痛い。「えっ、痛い」。私は不思議な感覚に包まれた。東京では当たり前のように感じていた痛みだったが、海外で痛みを感じるとは想像していなかった。リウマチの痛みが全身を襲う。

バスでホテルに向かう。道路にたくさんの野良牛がいる。糞も落ちていた。道路には大人も子どもも溢れている。大人は仕事をしている気配はない。脂染みがついた薄汚れたシャツによれよれのズボンを着て、ゆっくりと歩いている。また座っている人もいれば、病人のように横たわっている人もいる。やせ細った身体は餓死寸前とも思えなくもない。これがインドの重い現実。精神的な負担が肉体の痛みを大きくする。マザー・テレサの映画のワンシーンを思い出した。

ニューデリーから南部のラクナウに行き、料理学校で1日中、授業を受ける。部屋の冷房が痛みとこわばりで私を締め付ける。レシピをメモし、授業風景を撮影した。

翌日、ベナレスに向かう。汽車で行く予定だったが、大雨の影響で途中の町が洪水になり、線路の復旧の見通しがつかない。急遽、バスを手配して移動することになった。「目的地には5時間遅れで到着の予定。バスの旅を楽しみましょう。ノープロブレム!」と料理の先生は笑顔だった。

舗装されていない道が続いた。移動中に料理の先生の話を聞き、メモをとる。私の身体はむくみ、くるぶしに捻挫のような痛みがまとわりついている。今までの海外とは違った。仕事だからなのか。暑さと湿気と過密スケジュールに身体は悲鳴をあげていた。