「お金とは何か」日本史で考えると、その本質がこんなにクリアになる

最新理論「MMT」と仮想通貨
飯田 泰之 プロフィール

我が国における公的な鋳造貨幣は富本銭(680年代)に始まるとされる。その発行目的は、当時増加していた都城や寺院の建設における人足への支払いにあったという説がある。まさに政府支出による貨幣供給(spending first)である。しかし、富本銭は取引の仲介に用いられる貨幣とはならなかった。

和同開珎銅銭(708年)も当初は価値の下落が続く。その理由の一つが納税手段としての貨幣(tax driven money)という性質の欠如だったのではないか。

 

保有する銭の量によって位階を与える蓄銭叙位令(711年)、さらには722年以降の銭による納税の拡大により、徐々に流通貨幣としての地位を得ていくことになる。また同時期に1日の労働に対する支払いを銅銭一枚と定めていたと考えられている点なども興味深い。政府に支払う手段を政府が供給したこと、(特定の)労働の値段を政府が定めたことでわが国初の本格的な貨幣が誕生した。

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室町時代、米価はどうやって決まったか

また、ビットコインに代表される仮想通貨に関する議論では中世の銭貨が引き合いに出されることが多い。鎌倉期から戦国期にかけて、日本国内では宋や明で発行された銭、その模造品、さらには模造とさえいえない金属のメダル(鐚銭)が貨幣としての役割を果たしてきた。

商品としての価値をもたず、誰かの負債でもない中世銭貨は今日の仮想通貨に通じる性質を有しているように感じられる。貨幣が貨幣であるための条件は、商品価値でも政権による強制でもなく、人々がそれを貨幣として用いることそれ自体にあるという無限の循環論法に支えられている4――ここに仮想通貨が現在の貨幣にとって代わる通貨となる可能性を見出す者は少なくないだろう。

その一方で、仮想通貨を基軸とした経済体制には政策上の不安がある。現代の金融政策は、金利または貨幣量を調整することを通じて不況期や景気の過熱に対応している。一方で、仮想通貨の供給はこのような国内の経済状態とは無関係に行われる。そのため、仮想通貨の普及は重要な政策手段を失うことにつながりかねない。

*4 岩井克人(1993),『貨幣論』,筑摩書房.