右翼でも左翼でもない「自由至上主義」のリバタリアンが気づかぬ限界

内なる差別を認識できない
佐藤 優 プロフィール

トランプ政治は嫌いだが…

リバタリアンはアイデンティティの政治と同じくらいポピュリズムを嫌う。

〈ポピュリズムには「反エリート主義」と「大衆迎合主義」の二つの側面があり、どちらに着目するかによってイメージも評価も変わる。前者であれば「民主主義の原動力」、後者であれば「衆愚政治の元凶」となるが、ここでは主に後者を指す。

世論(とくに支持者)の歓心を買うべく、為政者は然るべき手続きや規則、チェック・アンド・バランス(権力間の抑制と均衡)を素通りする独断的な統治手法に訴え、世論もそれを決断力・実行力のある「強い指導者」の証しとして歓迎ないし甘受する〉

リバタリアンは、自らを自立した個人で、自己決定が可能とみなしている。他者に依存することなく生きていける強い人間という認識にエリート主義が潜んでいることをリバタリアンは認識していない。

 

リバタリアンにとっては、米国のトランプ政権は、アイデンティティの政治とポピュリズムが結合した醜悪なものと映るようだ。

〈「アイデンティティの政治」と「ポピュリズム」は互いに結びつきやすく、その最たる例が「トランプ現象」だと言える。アメリカでは三十~四十代の高卒以下の白人の五人に一人が無職で、求職活動すら放棄した状態にある。

グローバル化のなかで競争力を持てない彼らにとって、今のアメリカはマイノリティが不当に優遇され、自分たちの居場所がますます失われつつあると映る〉

比較的下層に位置する低学歴の白人市民は、自分たちは不公正な社会システムの犠牲者であるという被害者意識を持つ。そこに巧く付け込んだのがトランプ氏とその側近たちとリバタリアンは考える。この分析自体は間違っていない。

ここでリバタリアンは、銃によって自分の身は自分で守り、自分の労働で生活するという米国建国時点の理念を取り戻そうとする。過去のモデルに米国の未来を見出そうとしているのである。

米国は、植民地国家だ。ヨーロッパ人が入植した北米大陸には先住民が住んでいた。その先住民を暴力によって排除してできたのが米国である。このような理念に立ち返ろうとする人々が、先住民や奴隷として連れてこられた黒人を対等なメンバーとしてみなすことはできないのだと思う。

リバタリアンが唱える自由の背景には差別がある。もっともこの差別はきわめて強力なイデオロギーになっているので、リバタリアンには自らの差別意識が認識できないのだ。実に残念な人たちだ。

『週刊現代』2019年6月1日号より