「イギリスEU離脱」大混迷の中、ブレグジット党が大躍進したワケ

国民はいら立っている…
小林 恭子 プロフィール

10万人超の支持者をあっという間に獲得

ブレグジット党の存在が広く知られるようになったのは、今年に入ってから。

英国のEUからの離脱を唱えてきた「英国独立党(UKIP)」にいた女性が党首となり、2月には選挙管理委員会に英国及びEUの選挙に参加する政党として登録した。100万ポンドの支援資金がすぐに集まった。

3月29日、メイ首相が実現させると繰り返してきた離脱が実行されず、第1回目の延長日(4月12日)も何もないままに過ぎ去った。

この頃、ブレグジット党は新たな党首を迎え、本格的に離脱実現のために大きな歩を進めていた。この党首こそ、かつてUKIPの党首で、国民投票実行の機運を作った欧州議会議員ナイジェル・ファラージ氏(55歳)である。

ナイジェル・ファラージ氏〔PHOTO〕gettyimages

同氏は、国民投票のキャンペーン中、今では悪名高いスローガンとなった「(EUに毎週払う)3億5000万ポンドを国民医療制度に回そう」、そして愛国心に訴える「英国を(EU官僚の手から)国民の手に取り戻そう」といった表現を乱発した。

離脱勝利直後、ファラージ氏は前者の数字が「不正確であった」(誇張していた)ことを認めた。

ファラージ氏はエリート層に属さない一般国民の心をつかむのがうまい。「天才」と言ってもよいかもしれない。

彼がいなかったら、国民投票以前、40数年加盟してきたEUから英国が離脱すると言った奇想天外な発想を誰がまともに受け止めただろう?

しかし、国民投票の結果が出てから間もなくすると、ファラージ氏はUKIPの党首を引退し、しばらく政治の表舞台から去っていた。

 

ファラージ党首の作戦とは

ファラージ氏は英南部ケント州生まれ。ロンドンの私立校「ダリッジ・カレッジ」で学んだあと、金融街でブローカーとして働いた。自分自身は労働者階級ではなく、貧しくもない。

妻はドイツ人。英社会の中では自分自身がエリート層の部類に入るが、「自分は庶民の味方だ」とアピールする。「葉巻を口に抱え、パブでビールのジョッキを片手にジョークを連発する男」として自分を投影してきた。

当初は保守党党員だったが、1990年代にメージャー政権が現在のEUを発足させたマーストリヒト条約批准に動いたことで、党を離れ、UKIPに移動した。

これまでに数回にわたり下院選に立候補しているが、すべて落選。2004年以降は、5年ごとに開催される欧州議会選挙で連続当選している。

欧州議会議員でいながらも、英国のEUからの脱退を求める政党に所属し、鋭くEUを批判する論客として知られてきた。

UKIPはEUの官僚制度の批判とともに反移民政策を支持し、かつては「変人、狂人、隠れ人種差別主義者の政党」(キャメロン元首相)と言われてきた。

しかし、英国政治の潮目は変わりつつあった。

2004年、新規にEUに加盟した旧東欧諸国を含む10ヵ国からの移民が英国に入ってきた。ほかのEU諸国が新規移民の流入に猶予期間を設けたのとは対照的に、英国は制限なしの流入を認めたことで、EU市民がどんどん増えていった。

英国の一般市民はEU市民の流入によって雇用面、生活面での圧迫感を感じるようになり、元々あったEUに対する偏見、巨大な官僚組織としてのEUへの反発を背景に、UKIPは次第に支持者を増やした。

2014年が運命の年となった。地方議会でUKIPの議席が急激に増え、同じ年の欧州議会選挙ではUKIPが英国に割り当てられた総議席73の中で、最多数を獲得して第1党となったのである。保守党右派の議員2人がUKIPに移動する事態まで発生した。

UKIPが主導する「離脱するかどうかを問う国民投票を実施するべき」という声を無視できなくなったキャメロン首相(当時)は、2016年6月の実施を宣言した。

国民投票の結果が出た6月24日朝、ファラージUKIP党首は「普通の市民が勝った」、「独立した国、英国に太陽が昇った」と勝利の喜びを語った。