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「イギリスEU離脱」大混迷の中、ブレグジット党が大躍進したワケ

国民はいら立っている…

5月23日から26日まで、欧州連合(EU)加盟の28ヵ国で欧州議会選挙が行われた。

EUからの離脱をすでに決めている英国では、発足したばかりの政党が約520万票を集めて、第1党に浮上した。

存在意義をそのまま党名にした「ブレグジット」(英国のEUからの離脱)党は、なぜ急速かつ大々的に英国民の心をつかむことができたのか?

 

「歴史を作った」

選挙結果が出た26日、ブレグジット党のウェブサイトにはこんな文句が書かれていた。

「ブレグジット党は歴史を作った」。英国の政治史において、「結党から6週間で全国的な選挙で政党が勝利したのは初めてだ」。20世紀初めに誕生した労働党が「大衆の支持を広く得る政党になるまでに、45年かかった。ブレグジット党は45日でこれを成し遂げたのである」。

選挙集会の参加を呼び掛ける、ブレグジット党のウェブサイト

2016年6月末、英国はEUに残留するか離脱するかで国民投票を行い、離脱派が勝利した。

残留票の48.1%に対し離脱票は51.9%という僅差ではあったけれども、1票でも多い方が勝つ単純小選挙区制の長い伝統を持つ英国では、「あまりにも僅差なので、合法性に欠けるのではないか」という意見よりも、「勝ちは勝ちだ」という意見が支配的だった。

「再度、国民投票をやるべきだ」という残留派を中心とした声は離脱を選択した国民の決定を裏切ること、つまりは「民主主義に挑戦する行為」と受け止められた。

多数決で決める民主主義にあらがうことは、議会制民主主義の歴史を誇る英国ではご法度だ。

離脱はいまだ実現せず

ところが、国民投票の実行から約3年経ち、メイ英首相が確約していた離脱日「3月29日」を過ぎても、離脱の気配がない。

政府とEU側が合意した、どうやって離脱するかを規定する「離脱協定案」がこれまでに3回、下院で否決され、かといってどのような形での離脱がいいかと聞かれると、下院内で意見はまとまらず。とうとう政府はEU側に2回にわたって離脱日の延長願いを出す始末となった。

新たな離脱予定日は10月31日だが、これも実現するかどうかは危うい。

メイ首相は今月21日、修正を加えた離脱協定案を「4度目の正直」とばかり、下院に出そうとしたところ、ご法度であるはずの「再度の国民投票」を容認したものであったため、与党・保守党と野党議員の両者から大反発を食らった。

「こんな法案を下院に出せない」として、閣僚の一人となる院内総務が抗議の辞任。ほかの閣僚からも「どうせ通らないから提出を止めてほしい」と懇願された上、24日には平議員で構成される「1922年委員会」から「辞任の日を特定せよ」と迫られた。

この日、首相はとうとう保守党党首を6月7日に辞任すると表明し、「自分が愛する仕事」を離脱を実現しないままに去ることへの悔しさを涙を交えて国民に伝えた。