「靴のサイズをどうしますか?」

義足を必要とする人の多くは、交通事故や糖尿病など後天的なアクシデントによる場合が多い。その場合、医師が手術によって切断するので、断端はソケットにはめやすいきれいな形になる。だが、私は生まれつき欠損した状態で生まれたので、両足、とくに右足の断端の形状が複雑だった。そのため、沖野氏は細かな計測をしながら丁寧に進めてくれた。

張りつめた雰囲気のなかで、淡々と採型の作業は進められた。私は石膏の匂いをかぎながら、幼少期の記憶が蘇るのを感じた。当時も義手や義足をつくる際には、この石膏で型を取る作業から始まったのだ。

足の長さ、何センチにしたいですか?

沖野氏からそう問われたとき、一瞬、質問の意味がわからなかった。

「靴のサイズを何センチにするか、という問題もあって……」と続けられて、思わず声をあげて笑ってしまった。

そうか、義足だから身長や靴は好きなようにカスタマイズできるのだ。もしかすると形や色も? 子どものころからの義足のイメージが変わるかもしれない予感がして、声がちょっぴり弾んでしまった。

「沖野さん、身長は164センチでお願いします」
それは、2001年に他界した父よりも1センチ高い身長だった。

パラアスリートの義足を
担当する義肢装具士

1978年、兵庫県神戸市に生まれた沖野氏は、現在、東京の蔵前で「オキノスポーツ義肢装具」を経営している。

義足を使用する人の足を失った年齢、原因、生活環境などは千差万別だ。切断した部位の状況、残った足の状態や全身の健康状態、義足をつける目的などもみな異なる。したがって義足は大量生産ができるはずもなく、すべての義足がその使用者にとって世界にひとつしかない大切なもの、ということになる。もちろん価格もけっして安価ではない。

義肢装具士とは、そうした義足や義手などの補装具を製作し、身体への適合をサポートする職業だ。医師などと同様に国家資格が必要で、日本には五千人ほどの有資格者がいる。民間企業の義肢装具製作事業所などに所属し、病院やリハビリテーション施設のスタッフと連携したチーム医療を実践しているという。

沖野氏は現在、日本のパラリンピックにおける初の陸上競技メダリストである走り幅跳び・山本篤選手や、リオデジャネイロパラリンピックの四×百メートルリレーで銅メダルを獲得した佐藤圭太選手など、トップレベルのパラアスリートたちの義足を手がけている。佐藤選手が使用する義足の板バネ部分は遠藤氏が、ソケットは沖野氏が担当しているため、佐藤選手は私にとって“兄弟子”のような存在にあたる。

乙武氏の「兄弟子」とも言える佐藤圭太選手と沖野氏 写真提供/沖野敦郎

中学から大学まではずっと陸上部に所属し、走り高跳び、走り幅跳びなどの跳躍種目で活躍した沖野氏の少年時代の夢は、義足エンジニアの遠藤謙氏と同じく、ロボットを作ることだった。『ドラえもん』のアニメを観て「自分もこんなロボットを作ってみたい」と考えていたという。