次は関節痛についてです。
関節痛の中でも最も多いのは膝関節の痛み。変形性膝関節症になると、加齢にともなって膝関節の軟骨がすり減り痛みが出てきます。すると膝を伸ばすための大腿四頭筋というふとももの筋肉がやせてきます。こうなると膝関節が安定せずグラグラしてくるので、さらに軟骨に負担がかかるようになります。
私が医者になったばかりのころは、変形性膝関節症の患者さんには「軟骨がすり減るからなるべく歩くな」とか「足の筋トレはひざに体重がかからない方法で」と、指導するように教えられていました。
しかし変形性膝関節症でも歩行やスクワットによる筋トレが決して悪いわけではありません。
むしろ筋力増強や血流の改善、関節の軟骨細胞の刺激といった点で有効なことがわかってきたのです。膝が変形するといわゆるO脚変形が目立つようになり、歩き方も不格好になってくるため外に出ることに消極的になる高齢者も多いのです。
しかし歩いたり膝の運動をすることによって、過去と未来への思い煩いを棚上げして気持ちを前向きにしてみるマインドフルネスが膝にも有効です。このように痛みをとっていくことが重要です。
つまり、関節痛や肩こりについても、からだを動かすことは有益であり、心配のない治療法なのです。しかし痛みのある患者さんにとって「大丈夫だろうか」という思い煩いが、からだを委縮させ体を動かす第一歩がふみだせないのです。
マインドフルネスはこのような思い煩いをいったんそこに置いておいて「現在の自分」だけをモニターしながら行います。これが治療の第一歩になります。
腰痛はもちろん腰に原因があるのですが、痛みの感じ方には心理的な状態が大きく影響します。しかし腰痛の患者さんが医者から「こころやストレスが腰痛の原因」といわれたら当惑するでしょう。
私自身、患者さんにそういうことはいいませんし、そういうそぶりもあまりみせません。患者さんは「からだに原因がある」と信じています。つまり患者さんは身体的要因を確信しているのですから、それを医者が否定しても何もいいことは起こりません。
整形外科医はからだの治療の専門家です。身体を媒介にしながら心理的要因をつきとめていくことが大切なのです。だから私は診察室では、あまりストレスやメンタルの話はせずに「とにかく歩きましょう」とからだを動かすことを提案します。心理的な指導は奥に引っ込めて、身体的な指導をするのです。
私のような整形外科医を、患者さんは身体的治療の専門医と認識しています。その医者から「気持ちを切りかえて積極的になろう」といわれたら、腰痛の原因が身体的要因であると確信している患者さんは「この医者は何を見当ちがいのことを言っているんだ」という気持ちになります。
ましてや「心療内科や精神科へ行ってみたら」などと言われたらなおさらです。
しかし「とにかく歩いてみよう」という私の提案は、実は「気持ちを切りかえて積極的になろう」という心理的な指導を、からだに置き換えて言ってみただけなのです。「心理的指導を身体的指導のコトバに置き換える」ということをしたのです。
こういうことは整形外科医という身体的治療医だからこそできるのです。「気持ちを切りかえてみよう」といわれるより「とにかく歩いてみよう」といわれることによって、患者さんもその指導をうけいれやすくなります。
精神科医や心療内科医に「気持ちを切りかえて」とか「とにかく歩いてみよう」と言われても患者さんは反発するでしょう。整形外科医が、患者さんを精神科や心療内科に紹介するのと、自分で指導をするのとがちがうというのは、こういう意味なのです。
そして患者さん自身がこころで考えるだけでなく、からだで実行していくことが重要です。腰痛があると患者さんは痛いし、それが心配になってなかなかからだを動かさなくなります。
運動器痛の治療の基本は「動かして治す」です。ギックリ腰のような急性腰痛でも、以前は安静が第一と考えられていましたが、最近では、発症のその日から、動かせる範囲で活動性を維持することが治る早道だと認められいわれています。
からだを動かすということは身体的治療ですが、同時にそれは心理的治療にもなっているのです。