講談の、伝統芸能のリレーが永遠に続くことを願って

いまがその絶好のチャンスだと思っています

MATSUNOJO KANDA

神田 松之丞

2019.06.17 Mon

神田松之丞氏

まだ夢の途中だから

神田松之丞という名前の前には、もれなく「チケットが取れない講談師」「新進気鋭の講談師」といった威勢の良いマクラがついている。多少は自惚れてもおかしくないものだが、本人はいたって冷静だ。

「人気は水物なのでやがて落ち着く時がくるでしょう。調子に乗らず、粛々と歩んで行こうと決めてます。だって、まだ夢の途中ですから」

前半では講談師として活躍するようになるまでの経緯を語ってもらった。後半では一つの目的を遂げて始まった新たな挑戦と、これからの展望について明かす。講談に対する溢れる想い、自分がやらなきゃ誰がやるという強い信念……。30年後に旗印を立て、一心不乱に邁進する神田松之丞さんの情熱に触れ、思わず胸が熱くなった。

怒りをエネルギーに変えて

入門を決めた時には、すでにジリジリとした感情を抱いていた。それは「講談はこんなに面白いのに、なぜ過小評価されているのか?」というものだった。

「怒りですね。いまも怒りがエネルギーになっているのを感じます。ただ、怒っているだけではなにも変わらないし、体に悪い(笑)。その怒りの源泉になっている問題に立ち向かわないといけません。

講談が過小評価されている――これが課題であれば、その解決法はなにか。いろいろあると思うんですけど、最も重要なのは、一度聴いたお客様をまた聴きたいと思わせるかどうかでしょう。真剣に芸に取り組んでいれば、その熱量が周囲の人に伝わって応援してくれる人が増えるというのは事実です。結局のところ、お客さんは芸人の、たとえば講談師であれば『講談が好きだ』という想いに惹かれて応援し続けてくれるのだと思うんです。偉そうに言ってますが、私以外の講談師もみんな同じ考えだと思います。

ただ、どんなに講談が好きで命がけで頑張っていても、それだけでは存在にすら気づいてもらえない。これが二ツ目の課題でした。

そのとき講談界に欠けていたのは発信力でした。なにしろ講談に関する本や、DVDはおろかCDもほとんどないに等しいという有様だったんですから。私は野暮なほど目標を立てる男。だから、入門した当初から『講談について書いた本を出す』という構想を掲げていたんです。他にもいろいろと夢想していたんですけど、幸いにして師匠をはじめ、先輩は優しい人ばかりでしたね。だからお力を貸していただきました」

有言実行。2017年に自身の自叙伝『絶滅危惧職、講談師を生きる』(新潮社・聞き手/杉江松恋)を出版。翌年には講談を知りたいという人に向けた『神田松之丞 講談入門』(河出書房新社)を刊行した。

「私は講談師としては格別どこか能力が恵まれているということはないです。でも、どうやらプロデュース力に恵まれているようだな、と。あとは大したことはないです(笑)。とにかく講談界のスポークスマンとして忙しく動き回るようになったんです」

積極的にメディアに登場するのもその一環。パーソナリティを務める『神田松之丞 問わず語りの松之丞』(TBSラジオ)は好評を博し、中毒者が続出している。今年の4月からはテレビ朝日で『松之丞カレンの反省だ!』がスタートするなど、活躍ぶりが目覚ましい。

「テレビはつくづく向いてないなあと思っているんですけどねぇ。毎回、オーディションを受けているような感じで、上手く喋れなかった日には『ダメ』の烙印をバンッ!と押されてしまう。メディアは影響力が強いですからね」

さまざまなストレスから、70キロ台だった体重が90キロ台へと増えたと明かす。さらに、「悪戦苦闘している自分が言うと、負け惜しみに聞こえてしまうかもしれませんが」という前置きのあと、人気者ゆえの苦悩を吐露した。

「テレビ収録の最中に『こんなことしてていいのかな?』と思うことがあるんです。自分の本丸は講談で、ネタを覚えたり古典をよりお客様に伝わるように作り上げるのが本業だよなと。何が一番大事な仕事かといったら稽古ですから。つまり講談師として精進することと、スポークスマンとしての活動とのバランスを取るのが難しいわけです。最近ではようやくペースをつかんできて、ありがたい流れだと感謝しつつ、淡々とこなせるようになってきました。テレビを観たことがきっかけで、講談を聴きに来たという人が増えてくれればいいな、と思いながら奮闘しています。それに、これは媚びてるんじゃなく本当に思うのですが、TVやラジオのスタッフさんは優秀な方が多いです。みんな本当に頑張っていて、一つ一つ真剣勝負だなと。そういう人たちとの出会いは講談そのものの刺激にもなります」

ハングリー精神は金のあるなしに関係ない

メディアでひっぱりだこの理由をどう分析しているのだろうか?

「そもそもひっぱりだこですかね?(笑)。それでも何かあるとするなら、本音を言うからじゃないですか? 自分も昔からラジオをよく聴いていますが、昔のラジオを思い出すと、『公共の電波でこんなこと言っちゃっていいの?』みたいな話題やネタがいっぱいあって、それが刺激的で楽しかったんですよ。でも今はコンプライアンスが厳しくなって、タレントさんは一様にネットニュースに悪く取り上げられることばかり気にするようになり、刺激が足りなくなっちゃった。だから、自分がラジオでちょっと本音を言うだけで痛快だという印象を与え、好かれたりするのでしょう。もっとも私が自由に発言できるのは、伝統芸能の世界の人間だということで視聴者の許容範囲が広がるから、とも思っています。人ってイメージに翻弄されてしまいがちな生き物なんですよ」

自虐的に語るが、どうやらこれも余裕の表れ。話術の才能を活かし、講談界のスポークスマンとしての役割を十二分に果たしていることは誰もが認めるところだろう。

「でも自分がやるべきことは他にも山積みしています。一番大きな山は若手を育てることですね。現在、うちの一門には前座が7人います。もっと育てると言っても、私も二ツ目で何もできないです。なのでこういう道もあるよと背中で教えるだけ。これからどうなるか楽しみですね。今後はもちろん本人の努力次第だし、自分の力でここまできたという達成感が持続力につながるということもあるでしょう。とはいえ、ある程度の生活が約束されているなかで、芸に集中できる環境を制度として整えて行かなくてはいけないと私は考えてます。ハングリー精神って、金のあるなしには関係ないので。恥ずかしながら、私自身はいい年をするまで経済的には呑気な実家暮らしをしてましたが、それでも精神的な飢餓感はメチャクチャあって、それがバネになりました。いずれにせよ、生活の目途が立たないからと諦めて、開花するはずの才能が萎んでしまうというのはあまりにも惜しい。やる気のある若手には個人的にもなにかサポートしたいですよね」

「死」から逆算して、今を生きる

言葉に力が漲っている。気になるのが、揺るがぬ使命感の源だ。

「時間がないという焦燥感に突き動かされてます。失礼な話、師匠をはじめとする名人達がいつまでも生きているわけではない。でも名人芸というのはナマで聴くのが醍醐味で、その感動が末永い講談ファンを育てるための核になるのだと思うんです。

それに講談が過小評価されることは、自分の尊敬する先人達が過小評価されていることを意味するわけで。精進に精進を重ね、コツコツと芸に磨きをかけて講談という文化を守ってきた人達が日の目を見ないというのは嘘だろうと本気で憤りを抱いてます。だから使命感というより、やっぱり根底にあるのは怒りなんですよ。

自分がこんなにも継承にこだわるのは、親父が早くに死んで繋がりが途絶えたことに虚しさを覚えたからでしょう。結局のところ、自分が生きるうえで、死というところから逆算して、自分が喜ぶことをしようという発想に至ったんですね。講談の世界へと導かれた自分が、お客さんと芸人の両者における伝統芸能のリレーが永遠に続くことを願い、自らの夢を叶えるために動いている。このことが結果的に多くの人達を喜ばせることにつながるのなら最高だなと思うわけです。

ここですよね、私の大きな挑戦は。大きく講談が広がるのであれば客寄せパンダにもなるし、野暮なことでもする。批判を受けても引き受ける覚悟です。だからといって誰からも感謝されないと思いますよ。でも見返りをあてにしない。人に期待してろくなことはないので(笑)」

絶好のチャンスがやってきた!

ここへきて、また夢に一歩近づいた。昨年の12月に落語芸術協会の理事会で2020年の2月11日に真打昇進が決まり、六代目神田伯山を襲名する。日本講談協会では18年ぶりの男性真打誕生。

「うちの師匠が元気なうちに真打に昇進したいという気持ちがあったので、それが叶ったことが何よりも嬉しいです。披露興行は新宿末広亭中席で、そこから全国の寄席を巡りながら何ヶ月も続きます。スタートダッシュをどう持ってくるか、なんですけど、とりあえず体力がいるのは間違いないので、痩せなきゃいけませんね(笑)。

真面目な話でいえば、『トリネタ』問題があります。現在、私の持ちネタは140席ほどありますが、その中から皆さんに広く喜んでいただけるネタ選び、通常45分ほどの話を30分程度に短くした披露興行バージョンにして、ブラッシュアップを重ねると。真打の名にふさわしい芸にしよう、とか思うとプレッシャーなんですが、緊張感も楽しみたいと思ってます」

オリンピックイヤー、色々とおめでたい出来事と重なるということもあり、注目が集まるのは間違いない。

「講談界を盛り上げる絶好のチャンスであり、勢いを持続させることこそが大事。令和が私の講談人生において重要な時代になることは確かです。私自身が芸を磨き、輝かなくてはいけません。個人的にはいい家に住みたいとか、贅沢なものが欲しいといった物欲はゼロなんで、服装もひどくてユニクロのロングパンツにハサミを入れて裾を直してるくらいダサいので(笑)。とにかく『あの人のようになりたい!』という存在になることが、未来を担う講談師をもっとも手っ取り早く集う方法なんです。今はそんな服装だと誰も思わないですもんね(笑)。そうそう30年後を楽しみにしていてください。必ず講談の時代が来ますから」

(文・丸山あかね 撮影・丸山剛史)

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神田 松之丞(かんだ まつのじょう)

講談師。1983年東京都生まれ。日本講談協会、落語芸術協会所属。2007年、三代目神田松鯉に入門。2012年、二ツ目昇進。「連続物」と言われる宮本武蔵全17席、慶安太平記全19席、村井長庵全12席、天保水滸伝、天明白浪伝全、畔倉重四郎、また「端物」と言われる数々の読み物を異例の早さで継承、持ちネタの数は10年で130を超え、独演会のチケットは即日完売、2020年2月、真打昇進と同時に六代神田伯山襲名予定。著作「"絶滅危惧職"講談師を生きる!」(新潮社・聞き手/杉江松恋)「神田松之丞 講談入門」(河出書房新社)ほか