マスコミの「迷惑行為」が日本社会でこんなに叩かれる理由

不寛容な寛容社会の構造
津田 正太郎 プロフィール

他方で、2001年に日本新聞協会がメディアスクラムに関するガイドラインを作り、取材時の関係者や周囲への配慮を求めるなど、取材のあり方を改善しようとする試みもまた行われてきた。2017年2月にマレーシアで発生した金正男氏殺害事件のさい、日本の記者団が取材時に出たゴミを持ち帰っている様子が地元メディアの記者によって称賛されたことなどからも3、相対的にみて取材時のマナーは向上してきていると思われる。

また、マスメディアにおける人権意識にもそれなりに向上はみられ、東電OL殺人事件報道のような強烈な被害者バッシングは、最近ではさすがに見られなくなってきているように思う。もちろん、そうした全体的な傾向から逸脱するケースはあるが、少なくとも昔より悪くなったということはないはずだ。

にもかかわらず、マスメディア批判はSNSを中心としてより厳しさを増している。それはいったいなぜだろうか?

 

寛容になってきた日本人

言うまでもなく、その最大の要因はSNSの普及それ自体だろう。人びとが気軽に情報発信をできるようになった結果、これまで潜在的なものにとどまっていたマスメディア批判が一気に噴出してきたのだ。いま上述のロス疑惑時のような取材をマスメディアが敢行すれば、道路を覆うゴミの写真はSNSでさぞ多くの憤激を呼び起こすことになるだろう。

ただし、ここで考えたいのは、もうひとつの要因である。

それは日本人の寛容さと関わっている。ここで「こいつは日本人が不寛容になったから、マスメディアが批判されるようになってきたとでも言いたいのだろう」と先を読んだ読者がいるかもしれないが、そういう話では必ずしもない。まず重要なのは、少なくともある側面では日本人が以前よりも寛容になってきたということなのである。

NHK放送文化研究所が5年ごとに行っている意識調査によれば、1993年に「人は結婚するのが当たり前だ」とした回答者は45%に達している4。ところが、2018年の同じ調査でそう回答した人は27%にまで減少した。対して、同じ期間のあいだに「必ずしも結婚する必要はない」とした回答者は51%から68%にまで増えている

また、同じ期間に「結婚したら、子どもをもつのが当たり前だ」とした回答者は54%から33%にまで減少したのに対し、「結婚しても、必ずしも子どもをもたなくてよい」とした回答者は40%から60%に増えている