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マスコミの「迷惑行為」が日本社会でこんなに叩かれる理由

不寛容な寛容社会の構造

マスメディアの迷惑

ツイッターやフェイスブックなどのSNSの名物の一つがマスメディア批判である。

直近の例では、滋賀県の保育園の園児や保育士16名が巻き込まれ、うち園児2名が亡くなった交通事故にさいしての記者会見が批判を集めている。さらに、同事故の遺族による声明文を、取材の自粛を求める部分を削除して伝えた報道に対しても厳しい批判の声が上がっている。この件に限らず、近年では大きな事件や事故、災害があるたびにメディアスクラムや報道被害が告発されるようになっている。

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ただし、このような告発は、取材記者のふるまいが以前よりも「悪化した」から生じるようになったというわけではない。それどころか、取材記者のふるまいは以前と比べればむしろ改善されている可能性のほうが高い

たとえば、メディアスクラムの古典的事例として知られる1980年代初頭の「ロス疑惑」にかんする取材をみてみよう。故・三浦和義氏が保険金殺人の容疑をマスメディアによってかけられ、一大センセーションを巻き起こすことになった事件である(日本では2003年に同氏の主要な疑惑にかんして無罪が確定している)。

作家の島田荘司は、この事件を扱ったノンフィクション作品において、当時の取材のあり方を次のように描写している。

三浦家の門柱のインターフォンは、昼夜を分かたずひっきりなしに押され、出るとレポーターの強引な声が飛び込んでくる。これでは人権の侵害だと抗議すると、「だったらインタヴューに応じろよ!」とか、「記者会見をやれ!」、「出てこい!」などと叫ぶ声が背後から聞こえた。

門の前には、国民の正義を代表していると公言するレポーターたちが毎日鈴なりになり、彼らの煙草の吸い殻や、飲み物の空缶、紙コップなどが、日を追って道に散乱するようになった。ひと月も経つと、三浦家の門前は、四、五十メートルにわたって膨大なゴミの山になった。ゴミの絨毯の下に道があると言って言いすぎでなく、三浦一家はゴミの山の手前で生活しているようなありさまになった。1

 

東電OL事件

事件の被害者にたいする心ない報道としては、1997年3月に発生した東電OL殺人事件が思い浮かぶ。当時、この事件の被害者の女性のプライバシーをえぐるセンセーショナルな報道が繰り返され、遺族は「何とぞ亡き娘のプライバシーをそっとしておいて下さい。もう、これ以上の辱めをしないでください。そして、娘を安らかに成仏させてやって下さい」という声明を出すところまで追い詰められた2