必要な「歯車」であり続けたい(松浦弥太郎)

今から4年前、僕は50歳を目前にして9年間務めた雑誌「暮しの手帖」の編集長を辞め、IT系企業に入社しました。それまで携帯はガラケー、パソコンもメールしか使っていなかった僕にとって、IT系企業は異分野。なぜ、この年でわざわざゼロからのスタートを切ったのかと不思議に思う方もいるでしょう。でも、僕は自分を少しばかり困らせたかったのです。

人は年齢を重ねるにつれていろいろなことを経験します。そのぶん賢くなるので大抵のことには対応できるようになりますが、若い頃に比べたら新しい発見や出会いは減っていく。僕はいくつになっても内面は初々しくありたいと思っています。だから、今の自分では対応できないドキドキする世界に身を置いて、自分を活性化させることにしたのです。

もちろん、慣れた環境でルーティンをこなすほうがラクなこともわかっています。ただ、その先に何があるのだろうっていつも思う。できるだけ長く社会の歯車の一つでありたいというのが僕の願望です。世の中は常に動いていますから、歯が欠けたり、摩耗したりせず滑らかに回り続けるためには、新しい友だちを作り、新しい知識や知恵を蓄えて成長していくことが大切。実際、今の職場で20歳も年が若いプログラマーの人たちと話していると、驚きも多くて刺激になります。

これは仕事に限ったことではありません。暮らしだって同じです。ルーティンの毎日をおもしろく楽しく生きている人ほど豊かだと僕は思います。ではどうやって楽しめばいいのか。やっぱり、自分にとってちょっと面倒なことや困ることにチャレンジしてみるといいのではないでしょうか。

大げさなことではありません。例えば、毎日の食事に新しい食材を一品加えるとか、いつも歩いているルートを変えるとか、ちょっとしたことでいい。毎日見ている景色でも今が一番新しく未知の世界なんだって思うだけで、好奇心が湧いて違って見えてくるものです。

自分の得意なことを見つけてアップデートしていくのもいいですよね。学びとは知らない世界に足を踏み入れていくことですし、詳しくなればなるほど周りは放っておきません。いくつになっても歯車として必要とされるはずです。歯車は人それぞれで、僕は社会の歯車でありたいと思っているけれど、自分が住む町でも家族でもいい。大きさよりもいかに滑らかに回せるかが大切なのです。何事も〝今〟の積み重ねが未来を築いていくのだから、自分の暮らしに無関心にならず素直さを持って新しい今に向き合う。そして、10年後も20年後も「居ないと困る」と言ってもらえるような存在でいたいですね。(談)