ナチス台頭を招いたワイマール共和国の「福祉政策」失敗の本質

「社会保障の危機」は日本も同じ…
根本 正一 プロフィール

国家による自由の保障が国家への奉仕を強いる

ワイマール共和国の崩壊は失業保険制度の破綻という形で現れたが、現在の日本の失業率は2%台と低い。しかし、現代では高齢化社会の進展に伴う年金や医療、介護といった新たな社会保障政策の課題は、日本と同様に世界共通のものとなっている。福祉国家はその危うさを内在的に抱え込んでいる。

ワイマール憲法は国家が個人の自由を保障するとともに、生きるうえでの労働の権利を認め、それが満たされない場合には国家が生活を保障した。これは今の日本国憲法にも引き継がれている。この人間の自由と平等を両立させた近代思想の発展には、ヨーロッパの歴史における長年の君主との闘いがあった。

それは、絶対君主といえども個人の生命、財産を侵すことはできないという、国家から自由になることから始まった。次には、国民の君主に対する抵抗権を認め、国民自ら統治に参加する道を開いた。それが結実したのが、フランス革命である。

しかし、その後の19世紀の社会では、教育や職業による新たな貧富の格差が生まれる一方で、国家間の競争の激しくなる国民国家の時代を迎えて、富国強兵に向けて国民を糾合しなければならない。

そのためには、国民の最低限の生活も保障しておかなければならない。そこに広範な社会政策が生まれ、ここに至って個人の平等な自由が国家によって保障されることとなった。

これは、近代において個人と国家の関係を変えた。それ以前の共同体社会にみられた個人同士の絆は失われ、個人と国家が直接結びつくこととなる。すると、国家が破綻をきたし、個人の自由まで保障できなく状態となると、孤立した個人は新たな紐帯(=共同体)を求めることとなる。それがワイマール共和国に幻滅し、ナチ政権にその保障を求めたドイツ人の姿であった。

福祉国家は国民の「生存権」を保障する。そして自由も国家が保障するものとなった。しかしその一方で、国民は国家に多大な責務を背負うこととなる。労働は国民の権利であるとともに、義務ともなった。しかし国民経済が破綻したとき、その埋め合わせを海外に求めるようになる。

ワイマール共和国の場合にはそれは失業保険制度の破綻となって現れ、海外に「生存圏」を求めるナチズムへとつながっていく。そして、戦地へ赴くことも国民の義務となる。国家に自らの自由の保障を求めながら、逆に国家に取り込まれて自由を失っていく姿がそこにはある。

フランス革命の理念を用意したジャン・ジャック・ルソーは先鋭的な人民主権論を唱えたが、その代表的な著作『社会契約論』(岩波文庫)においてこう訴えたことを思い出す。

「統治者が市民に向って『お前の死ぬことが国家に役立つのだ』というとき、市民は死なねばならぬ。なぜなら、この条件によってのみ彼は今日まで安全に生きて来たのであり、また彼の生命はたんに自然の恵みだけではもはやなく、国家からの条件つきの贈物なのだから」

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