ナチス台頭を招いたワイマール共和国の「福祉政策」失敗の本質

「社会保障の危機」は日本も同じ…
根本 正一 プロフィール

世界恐慌で失業保険制度が破綻

ワイマール共和国憲法は、人間が人間に値する生活の保障を求める権利、つまり「生存権」を世界で初めて明文化したところに、大きな特徴がある。そこでは、完全雇用が前提である。

したがって共和国は福祉国家として、第一次大戦前と比べると生活保護費や失業者扶助が急増した。そして、その社会保障制度の設計こそが、ミュラー大連合内閣の命取りとなった。

失業者扶助については、当初は「生存権」の理念に従って国と自治体が全額、財政支出で賄う方式を採っていたが、これによって市町村財政は破綻をきたすことになった。そこでシュトレーゼマン内閣は1923年、その5分の4を労使双方から同額拠出させる保険制度に転換した。

ドイツにはビスマルクの第二帝政時代から社会保険制度の伝統があり(社会主義の弾圧と対になった、労働者を懐柔する「アメとムチ」政策であったが)、経済安定のためには失業者扶助の増大は避けなければならなかった。

しかし、政府の思惑とは裏腹に、その後も失業者数が増加していく。相対的安定期を通じて、好況に支えられた企業が、生産の合理化を進めたからだ。25年の段階で失業者数は約65万人。国家の失業者扶助は25~26年度平均で8億7700万マルクと、福祉費全体の29%を占めるに至った。

同じく福祉費に含まれる生活保護費は戦前の4倍以上に増えており、同時期の福祉費は国家財政支出全体の20%を占め、戦争処理費に次ぐ規模となっている。

そこで、ミュラー内閣誕生前年の27年には、失業保険法が制定された。保険料は労使の完全折半として、支払い賃金総額の3%を限度に保険料を拠出させる方式に切り替えた。そして、保険料が支出額に満たない不足分は、財政からの貸付・補助で賄うこととした。

しかし、それでも国庫からの支出は収まることがなかった。政府が失業保険法を制定した段階での制度設計では、100万人内外の失業者には耐えられると想定していた。そこに、ニューヨーク株式の大暴落(暗黒の木曜日)に伴う世界恐慌が襲ってきた(29年10月)。

ヘルマン・ミュラー

1年も経たないうちに失業者数は一気に300万人を超えてしまう。失業者扶助費は30年には25億8000万マルクに膨れ上がる。道は二つしかない。失業保険の掛け金を増額するか、給付金を引き下げるか、である。

そもそも相対的安定期を通じて、労使の対立が深刻となっていた。共和国は労使間の自主的な協約が原則であったが、協約の不成立・不履行が増加するなかで労働争議が頻発するに至った。そこで、労使の調整機能としての調停委員会が関与し、国家の介入度合いが強まった。

経済復興を成し遂げた相対的安定期だが、経営者側はドイツ企業の国際競争力低下に悩まされていた。福祉国家として、景気に関わらず賃金は下方硬直性を保ち、重い社会負担も手伝い、生産性はむしろ低下した。共和国は8時間労働制を定めていたが、なし崩し的に10時間労働制を許容するようになる。

経営者側の反乱は、28年末の「ルール鉄鋼闘争」で頂点に達する。ルール地方の賃金争議における調停官裁定に対し、経営者側は約22万人の労働者のロックアウトをもって対抗したのである。

ミュラー内閣が最終的に総辞職に追い込まれたのには、根底に労働者の立場に立つ社会民主党と、経済界を基盤とする人民党の対立にあった。基本路線としては、社会民主党は給付金の引き下げには反対であり、人民党は掛け金の増額に反対である。

しかし、同じ党内にあっても主張を異にする議員相互の思惑があり、この失業保険問題は複雑な経緯を辿る。

まず大連合内閣の蔵相を務めていた人民党のモルデンハウアーが、労使の救出金を支払い賃金総額の4%に引き上げる提案を行う(すでにこの時点で臨時に期限付きで3.5%に引き上げられていた)。企業の負担増大を強いる同案に、人民党自体が激しく反発し、拒否。

ここで中央党に属する、財政問題の専門家ブリューニングが調停案を提示、それは国庫から1億5000万マルクを拠出し、それで足りなければ拠出金比率を3.75%に引き上げるというものだった。人民党はこれに同意。しかし、今度は社会民主党の方から強硬な反対派が現れ、ミュラー内閣は政権を投げ出した形となった。

病魔に侵されていた人民党党首のシュトレーゼマンは、「暗黒の木曜日」直前の29年10月に死去。彼は失業保険問題について社会民主党と協調するよう党内で説いて回っていたが、人民党は彼の死去以後、経済界の要望に従って権威主義的政治体制を支持する方向へと変わっていく。

ミュラーも首相退陣後1年で死去。第二次世界大戦での敗戦まで二度と議会政治に戻ることがなかった点で、社会民主党の責任も重いと言わざるを得ない。

議会はもはや国民全体の意思形成を図ることができず、議会政治を存続させようという意欲をも失ってしまった。

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