トランプさん、「トクヴィル」をお読みになりましたか?

米大統領の「たしなみ」としての古典
宇野 重規 プロフィール

トランプ現象を読み解く

とはいえ、仮にトランプがトクヴィルを読んでいないとしても、それでもどこかトランプには「トクヴィル的」に読める部分がある。

 

フランス人であるトクヴィルが一九世紀にアメリカを訪問した際、大統領はアンドリュー・ジャクソンであった。初期の歴代大統領がいずれも東部のエリートの出身であったのに対し、南部に生まれ、西部の開拓地で頭角を現したジャクソンは、まさに「ジャクソニアン・デモクラシー」を体現する存在であった。

名門に生まれたわけでも、特別な教養があるわけでもない。それでも、自己の才覚次第で大統領の地位に到達できる。そのような夢を、身を以て示したのがジャクソンであった。

ちなみにトクヴィルはジャクソンに高い評価を与えていない。格別の見識があるわけでもない、凡庸な人物であるとみなしたようだ。前大統領であり、第二代大統領ジョン・アダムズの子でもあるジョン・クインジー・アダムズのほうが、はるかに良い印象をトクヴィルに残している。

連邦議会を見渡しても、「これぞ」という人は見当たらない。民主的共和国を導く優れた政治指導者を期待していたトクヴィルにとって、アメリカの中央政界は期待はずれであった。

このあとトクヴィルは、アメリカ東部のニューイングランドを訪問し、タウンシップと呼ばれる基礎的な共同体における人々の自治活動に、強い印象を受けることになる。そこで人々は、政府に頼ることなく、学校や道路、病院などを自らの財産を持ち寄り建設していた。

自分たちの地域の問題を、自分たちで解決することを通じて、アメリカの一般市民は独特な見識を持つようになっている。政治家はとくに優れていないとしても、一般の市民の水準が高いことがアメリカ政治の基礎を支えているという洞察をトクヴィルは得たのである。

このような発見こそが、トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』を貫く基調となっているのだが、ここで重要なのはむしろトクヴィルとジャクソンの関係である。トクヴィルはジャクソンを凡庸であると考えたが、彼を大統領の地位にまで押し上げたアメリカのデモクラシーの力を見誤ることはなかった。

Andrew Jackson photo by Getty Images

政敵からは無教養を揶揄されたジャクソンであるが、ワシントンやニューヨークのエリートを激しく批判し、一般の人々の支持によって大統領の地位に就いたという点で、どこかトランプを思わせるところがある。

ネイティヴ・アメリカンから土地を奪い、戦争で虐待したことで悪名高いが、開拓地の白人にとってジャクソンは圧倒的に頼り甲斐のある政治家であった。イスラム圏からのアメリカへの入国を制限し、メキシコ国境に壁を作ろうとすることで根強い支持を維持するトランプと、どこか共通するものを持っていると言えるだろう。

個人としてのジャクソンはともかく、その背後にあるデモクラシーの力は無視することができない。そのように見抜いたトクヴィルが現代に生きているとすれば、おそらくトランプ現象に多大な関心を抱いたはずである。