新天皇と雅子皇后、初の地方訪問が示す「皇室大変革の予感」

二重権力、三重権力が現れる可能性
原 武史 プロフィール

「令和流」の鍵を握る雅子皇后

私には、上皇亡きあとに本格的に現れるであろう「令和流」の天皇像が、「平成流」よりはむしろ「大正流」に近いものになるのではないかという予感があります。

「平成流」を引き継ごうにも、雅子皇后の行幸への完全同行の難しさ、また宮中祭祀へのコミットメントの低さもあり、必ずしも平成と同じ「象徴としての務め」が果たせるとは限らない。そうした制限の中で、新時代の「象徴天皇」を自分で作り上げるという意識が、徳仁天皇にはあるのではないかと思うのです。

 

その意味で、今後の地方訪問、宮中祭祀には注目しています。今回の植樹祭に続いて注目すべきは、新天皇・新皇后として初めての定例の宮中祭祀となる、6月16日の香淳皇后例祭です。

代替わりはしたものの、宮中祭祀の体系は平成と基本的に変わらないようですが、皇太子妃から皇后へ立場が変われば、祭服も変わるなど、負担も違ってきます。ここに雅子皇后が出席するか、そしてどう祭祀と向き合うか。

より突っ込んだ議論をするのであれば――むしろこうした歴史的事実がここまでないがしろにされていることのほうが問題なのですが――宮中祭祀の中には、皇室に代々受け継がれてきた伝統ではなく、明治以降の「作られた伝統」も少なからずあります。

例えば神武天皇祭は、歴史上は実在しない神武天皇の命日である4月3日と定められている。歴史学者でもある徳仁天皇や、外務省のキャリア官僚だった雅子皇后が、そこに疑問を呈してゆく可能性も考えられます。

「良妻賢母」の役割を担い続けた美智子上皇后と、キャリア官僚を経て皇太子妃となり、皇室に入ったあと「適応障害」に苦しんだ雅子皇后とでは、考え方や人生観も大きく異なるはずです。それに、女性の権利向上がこれほど叫ばれる時代に、世の女性たちや世論がこの先も黙っているでしょうか。

この論点は、これから徳仁天皇と雅子皇后がどのような「令和流」を打ち出すか、ということとも関係してきます。