強調される「皇室の伝統」実は最近のものだった

国民統治の「装置」としての学校
小野 雅章

そのため、1928年には昭和天皇の「即位礼」に合わせて、国旗に関する規程を定めることを目的に掲げた民間団体、「財団法人国民教育奨励会」が現れた。同会は文部省関係者、国民道徳の権威、軍関係者などを網羅した「国旗調査会」を設置しての国旗に関する規程の草案の作成をするとともに、国旗掲揚普及のための中心機関として小学校をターゲットに定め、東京市内の小学校への国旗配布などの活動を行った。

 

その結果、昭和天皇の「即位礼」には、東京市内の小学校をはじめ全国各地の小学校で国旗掲揚が行われた。

しかし、この時点でも国旗に関する規程の問題は解決せず、一応の結論が出たのは、ようやく1940年のことであった。

すなわち国旗掲揚とは、明治国家誕生の時から存在した古くからの「慣習」などではなく、昭和天皇の「即位礼」を契機に普及した、むしろ新しい行事に過ぎなかったのだ。

戦前の発想による「国民統合」

徳仁天皇の即位の儀式はこれからも続く。現時点では「剣爾等承継の儀」、「即位後朝見の儀」などを終えたに過ぎない。10月22日には「即位礼正殿の儀」が挙行される。これまでの経過を見れば、政府が天皇の「代替わり」を国民統合の絶好の機会と捉えて、戦前と同じ発想で、何らかの措置をとる可能性は高い。

4月22日に文部省が発した通知が指摘する、「国民こぞって祝を表する意義」には、閣議決定にある「皇室の伝統等を尊重した儀式」を、生徒児童に理解させることが重要な部分を占めていると思われる。

それは、文部省が大正天皇、昭和天皇の「即位礼」に際して挙行を求めた「即位礼奉祝学校儀式」における、「4 学校長による大礼に関する訓話」を行うとの発想に通じるものである。

天皇の「代替わり」における学校の利用は、まさに戦前の発想そのものであるといわざるをえない。

しかしこうした天皇制教化のための儀式は、「荘厳さが強調されるカソリック形式をモデルにした」(佐藤秀夫『学校の文化史1 学校の構造』)ものであったことも同じく指摘しておかなければならない。

安倍政権が強調するところの「皇室の伝統」とは、実は近代以降に創られた「新しい伝統」であることを再度、認識する必要があるだろう。

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