強調される「皇室の伝統」実は最近のものだった

国民統治の「装置」としての学校
小野 雅章

国体論にもとづいた学校儀式の誕生

ここで、1915年9月の文部省訓令第7号「即位礼奉祝学校儀式次第」を紹介したい。この訓令は、即位の礼において、当日各学校に職員生徒児童を集合させ、以下の次第を行うことを命じたものである。

 
1 職員生徒児童による「君が代」合唱
2 天皇陛下、皇后の「御真影」への最敬礼
3 学校長による「教育勅語」の「奉読」
4 学校長による大礼についての訓話
5 職員児童生徒による文部省撰定の「大礼奉祝唱歌」合唱
6 職員生徒児童による万歳

祝祭日学校儀式は、初代文部大臣である森有礼が、国民統合を目的にし、御真影を学校に「下賜」して、国家の祝日(祭日を除く)に御真影への拝礼と唱歌斉唱を主とする儀式を実施したことに始まる。

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これがのちに祝祭日の儀式へと転換された。教育勅語により、日本の教育を主催するのは、神話的存在であると同時に国家主権者でもある天皇であるとされたことへの対応であった。1891年6月の文部省令によって儀式内容が整備され、法令によって義務化された学校行事になった。

これが定型化すると、卒業式・入学式など他の学校儀式もこれに準ずる内容へと変容し、学校儀式そのものが、天皇・天皇制教化のための「装置」と化した。

天皇制教化の「場」として学校は、必要不可欠な存在として、天皇制国家における国民統合に大きな影響力を持つものと認知されるようになったのだ。

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