世界経済低迷の最大原因・中国が退場すればデフレが終わる

暗黒の平成の後、バラ色の令和となるか
大原 浩 プロフィール

冷戦後、共産国は先進資本主義諸国に寄生した

共産主義というのは、極めてシンプルに表現すれば「民主主義、自由主義への移行を拒絶し、かつての農奴制・専制君主制度に戻ろうとする思想」である。

共産主義の最も重要な思想の1つに「私有財産の否定」があるが、これがまさに農奴制・奴隷制の象徴である。

奴隷や農奴は牛や豚と同じように私有財産をまったく持たなかった。ご主人様の所有物であるからその持ち物はすべてご主人様の物であるということだ。これは、共産主義国における人民が共産党の奴隷であることの証でもある。

普段あまり意識されないが、「私有財産が不可侵」であるという原則が、民主主義の根幹をなすのであり、私有財産を否定する共産主義が「反民主主義」であるのはある意味当然である。

したがって、そのような農奴制・奴隷制を基盤とした社会が、自由主義・民主主義国家のように発展するはずがなく、1989年のベルリンの壁崩壊、1991年のソ連邦崩壊へとつながった。

当時、ほとんどの人々が「共産主義は終わった」と思った。しかし、実は共産主義諸国は、先進資本主義・自由主義諸国との貿易の門戸を開き、彼らに寄生するようになった。まるでカビが胞子をまき散らして仲間を増やしていくかのようである。

 

中華人民共和国が最大の成功者

当時、共産主義諸国の中で最も危機意識を持ったのは共産主義中国に違いない。共産主義諸国の崩壊の足音が聞こえる中で、30年前の1989年6月4日に天安門事件が起こった。

この大虐殺事件の原因や意味については、当サイト5月18日の記事「天安門事件30年で中国は毛沢東時代に逆戻りする予感アリ」で詳しく述べているが、その欧米先進国との断絶の危機を乗り越えて、当時約10年を経てやっと軌道に乗りかけた「改革・開放」を成功に導いたのが鄧小平である。

その超人的な活躍は、当サイト1月9日の記事「客家・鄧小平の遺産を失った中国共産党の『哀しき運命』を読む」を参照いただきたいが、1997年の鄧小平死後も、その路線は継承された。

鄧小平の死後、2000年のWTO加盟が最も重要な出来事だ。これにより、共産主義中国は、国内における「現代の農奴・奴隷制度」を維持しながら、WTO加盟による自由貿易の恩恵を得ることができるようになり、改革・開放を40年も続けることができたのだ。