川村元気「『きつい仕事』と向き合うことで生まれるものがある」

『百花』発売インタビュー【後編】
伊藤 達也 プロフィール

――ビッグデータで分析するのではなくて、個人的な思いを落とし込んで、深掘りして切実な何かを見出すことのほうが大事ということでしょうか。

川村:もっというと、それは「きついこと」かもしれないですよね。僕も、最初断った仕事のほうがうまくいったりします。小説は最もきつい仕事なんですよ。時間もかかるし、精神的にも大変で。

『百花』を書いたきっかけも、「祖母が自分のことを忘れる」という、きつい体験が元になっている。でも、見たくない、逃げたいというものに向き当たっときに、自分でも驚く作品ができたりする。それは自分の欠けているものを埋めることに似ているのかもしれません。発明家が、「本当に欲しかったものを手に入れるために自分で作りました」ということがあるけれど、僕らにとって、その無いものをどうにかすることが表現なのかなと思います。

 

ネット時代にプロデューサーと編集者は必要か

――いまや、既存の放送局や音楽会社、出版社を通さなくても、ネットで自分の表現を発表できる時代です。米津玄師は楽曲制作も歌唱も自分でやって、ネットで花開いた。そんな時代に、プロデューサーや、編集者は必要だと思いますか?

川村:必要だと思います。ひとりでものを作っていると、井戸を掘っていった先に、「あれ、どうやってこの水を地上に持っていくんだろう?」という状況になるんですよ。そういう時に編集者はすごく大きい存在で、水を引き上げるために絶対に必要だと思います。作家と編集者が組み合わさらなければ絶対に書けないと、今回、『百花』を書いていても痛感しました。

「本当にやりたかったのはこれじゃないの?」「こことここは諦めて、ここが面白いよ」と指摘する人が必要。書いているうちに自分で何が面白いかわからなくなることが必ずあるんです。そもそも何が面白かったかも忘れてしまったりする。そこでプロデューサーや編集者が気づきを与えたり、方向を整えたりするんです。

ただし、編集者やプロデューサーという仕事自体が非常に属人的になっていると思います。それはもう個人の「才能」なんですよね。何かをクリエイトする才能もあれば、それをどう伝えるか、どう調整するかの才能もある。編集やプロデュース機能はまずます重要になると思うのですが、アウトプットやディストリビューションの仕組みは既存のものからどんどん変わっていくと思います。

〔PHOTO〕iStock