砂漠の狐・ロンメル将軍の「偽りのイメージ」はこうして作られた

いま、歴史家に求められているもの
大木 毅

英雄でも愚物でもなく

のちにネオナチのイデオローグとなったイギリスの著述家ディヴィッド・アーヴィングは、1977年に刊行したロンメル伝『狐の足跡』で、この挿話を初めて世に知らしめた。この『狐の足跡』は、当時定着していたロンメルにまつわる英雄譚を粉砕し、センセーショナルな偶像破壊を行うことによって読者を獲得することを狙ったものだった。

従って、ロンメルが小市民的な節税対策に励んでいたことは、「砂漠の狐」の実像が卑小なものだったことを強調するのに格好のエピソードだったのであろう。もっとも、そのアーヴィングですら、「狐のごとき狡猾さ」(the foxy cunning)とするだけで、違法であるとまではしていない。ところが、日本の俗流歴史書のなかには、アーヴィングの指摘を根拠なしに拡大して、「所得隠しの脱税」と決めつけているものもある。

だが、ロンメルの行為は本当に「脱税」だったのだろうか。拙著執筆中、筆者はおおいに疑問を覚えた。一つには、アドルフ・ヒトラーが『わが闘争』の印税に関して、同様の処置を取っていたことを記憶していたからだ。

 

もう一つ、この挿話の典拠は、1976年にシュトゥットガルト市の税務当局が、ロンメルの遺族に寄贈した税務ファイルであった。つまり、税務署は、ロンメルのやったことを掌握していたにもかかわらず、追徴などの措置を取らなかったことになる。また、もし脱税だと判断されたならば、おそらくロンメルは失職していたはずだ。そのような犯罪に手を染めた者は、ドイツ国防軍の将校として不適格だと判断されるからである。

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よって、ロンメルの措置は、節税対策の範囲にとどまっており、脱税にはならないというのが、筆者の推測であった。そこで、人を介して、ヴァイマール時代からナチ期の法律を専門としている方に尋ねてみたところ、ロンメルの印税は、所得が発生した年度の課税対象となるが、そうした節税方法がなかったとは断言できないというお答えが返ってきた。

白黒つかず、の結果である。筆者としては、拙著のテーマである軍人ロンメルの評価に直接かかわる問題でもなし、判断を留保して書かないことにすると決めざるを得なかった。

「脱税」していたと書けば、面白い話にはなるだろうが、それは歴史を「小説の玩具」にするやりようにすぎまい。

けばけばしい原色の描写は、ときに読者を眩惑する。一方、味気ない、索漠たる事実は幻滅を感じさせるだけになる恐れもある。しかし、歴史の興趣は、醒めた史料批判にもとづく事実、「つまらなさ」の向こう側にしかないのである。たとえ読者の不満を招こうとも、わからないことはわからないといわざるを得ない。

拙著『「砂漠の狐」ロンメル』は、そうした姿勢で書いた。評価していただけるかどうか、不安ではあったが、幸い、読者にはご理解いただけたようで、版を重ねており、まことに心強いかぎりだ。今の筆者は、今後も「実証主義」にのっとって、英雄でも愚物でもない等身大の存在として歴史的個性を描いていけと、励まされたような気持を抱いているのである。