砂漠の狐・ロンメル将軍の「偽りのイメージ」はこうして作られた

いま、歴史家に求められているもの

ヒトラーの忠実なる“軍人”か、誠実なる“反逆者”か。 第二次世界大戦を動かした、ドイツ国防軍で最も有名な将軍エルヴィン・ロンメルの虚像と実像を暴いた『「砂漠の狐」ロンメル』が話題だ。「日本では40年近く前の説がいまだに通用するほど、ロンメル研究が遅れている」という著者の大木毅氏による特別寄稿――。

(作成・角川新書編集部)

歴史学とはなにか

「小説は歴史の奴隷ではないが、歴史もまた小説の玩具ではない」

2015年に逝去した直木賞作家・船戸与一が書き遺した言葉だ(以下、敬称略)。至言であろう。しかし、最近の文壇・論壇(そういうものがまだ在るのか、はなはだ疑問ではあるにせよ)の動向をみると、せっかくの船戸の忠告も顧みられなくなっているようだ。

小説家の百田尚樹は、ウィキペディアや通俗書を切り貼りしたものを「日本通史の決定版」と称した。また同じく小説家の井沢元彦は、史料や先行研究を無視した主張を「日本通史学」であるとし、それにもとづいた本を多数刊行している。「歴史を小説の玩具」とするどころか、もはや小説であることさえも放棄した作物が、学問的な検証手順を経ぬまま「歴史書」として出版されているのである。

しかも、東大教授の本郷和人のような、プロ(であるはずの)研究者までも、井沢との対談で「史料に無いことは語っちゃダメだ、なんていうことになったら、歴史が面白く無くなるのになあ」、「実証主義は馬鹿な研究者の最後の拠り所」(週刊ポスト 2019年5月17日/24日合併号)と放言し、井沢に与している。研究者としては、自己否定にひとしい発言だと評するほかない。

 

これらの小説家とも研究者ともいえなくなった人々の言説がマスコミによって流布され、少なからぬ読者に「事実」と認識されている現状は、相当危険であると思われるが、こちらは本職の歴史家である呉座勇一が、彼らに批判を加え、専門家のきょう矜じ恃をみせたのは記憶に新しい(「俗流歴史本と対峙する」『中央公論』2019年6月号)。「国史」研究者の面目躍如といえよう。

ところが、ひるがえって外国史となると、百田や井沢の著作ほど顕在化してはいなくとも、興味本位、あるいは、ある政治的傾向を持った読者に迎合した「歴史書」が、批判を受けることなく流通している例が少なくない。

筆者が専門としている近現代ヨーロッパの戦史・軍事史については、事情はより深刻である。1980年代以降、外国の史資料の翻訳出版、もしくは紹介が減少したために、読者が充分な情報に接することができなくなったのをいいことに、学問的には否定されて久しいような挿話や主張を織り込み、たとえばロンメルやマンシュタインのような将軍たちを、いたずらに「名将」として持ち上げる。いわゆるミリタリー本や雑誌には、そのような記述が氾濫しているのだ。

こうした状況に一石を投じたいというのが、拙著『「砂漠の狐」ロンメル ヒトラーの将軍の栄光と悲惨』(角川新書)を執筆した動機であった。

歴史家が立ち止まるところで、小説家は跳躍するというのが、筆者の持論である。歴史家は自説を組み立て、検証し、史実を確定していく。しかし、研究テーマとなる事象が生起してから今日に至るまで、すべての史料や証言が百パーセント残っているわけではないから、どうしても詰められないところが出てくる。

歴史家は立ち止まり、これ以上は断言できないと述べるしかない。だが、小説家は、その場所から跳躍をはじめる。歴史学的に確認された史実を踏まえ、想像力をめぐらせて、そこから先を書きすすめる。このとき、小説家が拠り所とし、また執筆の目的とするのは、深い人間理解であろう。

なるほど、「小説は歴史の奴隷ではない」。とはいえ、このように書いてしまうと、百田や井沢が彼らの「史観」をもとにやっていることと、どこが異なるのかと疑問を持たれるかもしれない。しかし、小説家の仕事と彼らの「俗流歴史書」には、決定的な違いがある。

歴史学、というよりも学問一般において、自らの仮説を立証するためには、それを支持する材料を集めるだけでは充分ではない。仮説に矛盾する、もしくは、それを否定する事実はないか、膨大な史資料をあらためていくという、一種のネガティヴ・チェックが必要なのである。

自説に都合の悪い史料や先行研究を無視した主張は、思いつき、思い込みのたぐいでしかない。たとえるなら、跳躍しようにも、そのための筋力を欠いているのである。

拙著『「砂漠の狐」ロンメル』も、可能なかぎり史資料にあたり、ネガティヴ・チェックを試みて、どこまでが定説で、どこからが不明なままになっているのかを確定しようと心がけた。その結果、当然のことながら、立ち止まらざるを得なかったところがある。ここでは、一例だけ挙げてみよう。

【PHOTO】gettyimages

1937年、ロンメルは、第一次世界大戦の体験をもとにした著作『歩兵は攻撃する』を上梓した。これは、当時としては大ベストセラーとなり、1945年までに40万部を売り切ったとされる。もちろん、ロンメルには巨額の印税が入ったわけだが、彼は節税のために一計を案じた。『歩兵は攻撃する』の版元に対し、毎年1万5000マルクのみを支払い、残りは銀行の別口座に預金し、利子を稼ぐように指示したのだ。

加えて、ロンメルが税金の申告に際して、印税所得としたのは、右のような処置をほどこした1万5000マルクだけだった。