ぼくはいつでもエンターテイナーでありたい

小説に込められた魔法たち
瀬名 秀明

私はある事情から、もう小説業界で暮らしていけないのではないかと思った時期もあった。前作を出したとき、これが人生最後の本かもしれないと思っていた。だが今回、幸運にも次が出せた。最後の1冊の次が出せたのだ。ならば自分はもっと前へ歩んで行けるかもしれない。この小説の終盤にはそんな想いが込められている。

 

一人称小説という試み

私の敬愛する作家ディーン・クーンツはオッド・トーマスという青年が一人称で書き綴るシリーズをかつて著した。あなたがこれを読むとき、ぼくはすでに死んでいる、とオッドは書く。これは一人称小説の呪縛を示している。一人称小説は主人公が最後まで死なずに原稿を書けたことが最初からわかってしまう宿命にあり、あるいはその原稿が遺書であることが見えてしまう。

だが、それではどうやって主人公が死ぬシーンを書けばよいのだろうか。クーンツはオッドの連作を書いているとき、すでにラストシーンは決まっていると語っていた。私はどきどきしながら最終作の刊行を待ち、原書で読んだ。クーンツは力技でこの永遠の問題に回答を与えていた。

 だから今回の本私にとっての〈オッド・トーマス〉シリーズだ。一人称小説でありつつクーンツより先のラストを用意できたと思っている。オッドの素晴らしい物語はその後の作家クーンツを変えた。本作の刊行も私の未来を変えてくれるだろうか、と考えている。