キログラムの定義は度量衡という国のルールの基本中の基本ゆえ、すべての国民にとっても無縁ではない。内閣が5月20日から「計量単位令の一部を改正する政令」を施行しているのだから。
計量単位令の一部を改正する政令
内閣は、計量法(平成四年法律第五十一号)第三条の規定に基づき、この政令を制定する。
計量単位令(平成四年政令第三百五十七号)の一部を次のように改正する。
第二条第二項を削る。
別表第一第二号中「国際キログラム原器の」を「プランク定数を十の三十四乗分の六・六二六〇七〇一五ジュール秒とすることによって定まる」に改め、同表第四号定義の欄を次のように改める。
電気素量を十の十九乗分の一・六〇二一七六六三四クーロンとすることによって定まる電流
別表第一第五号中「水の三重点の熱力学温度の二百七十三・一六分の一」を「ボルツマン定数を十の二十三乗分の一・三八〇六四九ジュール毎ケルビンとすることによって定まる温度」に改め、同表第六号中「〇・〇一二キログラムの炭素十二の中に存在する原子の数と等しい」を「六・〇二二一四〇七六に十の二十三乗を乗じた」に改める。
附則
この政令は、令和元年五月二十日から施行する。
それにしてもこの政令、物理法則(量子力学の基本定数)である「プランク定数」を「十の三十四乗分の六・六二六〇七〇一五ジュール秒」と漢数字で書いちゃうセンスには、腰をぬかしそうになった。日本の役所は、黒船が来航し、あわてて西洋科学の紹介本を縦書きの木版刷りで出したおよそ170年前と、ちっとも変わっていないんでしょうかね。
今後は、入学試験でも、「キログラムの新定義となったプランク定数を記せ」という問題が出るに違いない。
そこで、このプランク定数を若い世代にしっかり覚えてもらおうということか、産総研は、「SI語呂合わせ ハッシュタグキャンペーン」という気のきいた呼びかけをしている。覚えやすい語呂合わせを考え「#SI語呂合わせ」を付けTwitterからツイートし「130年ぶりの定義改定を一緒に盛り上げましょう!」というのだ。こちらのセンスは見事だ(産総研・5月14日のニュースリリース「SI語呂合わせ ハッシュタグキャンペーンのご案内」)。
その「語呂合わせ」として産総研はこんな例を記している。
6.62607 015 × 10- 34
そこで、私も創案してみた。
6.6260 70 15 × 10- 34
「老人用の風呂」というイメージしやすさで創ったのだが……。皆さんもやってみて下さい。
ここで、語呂合わせの元であるプランク定数(h)とは何かを各種辞書字典などで調べてみた。
この11例を見てわかることは、プランク定数(h)が量子力学の基本というのに、数値や桁数が微妙に違っている点だ。長年にわたりキログラムの新定義に取り組んできた産総研・計量標準総合センター 首席研究員の藤井賢一さんは、こんなエピソードを話していた。
「2012年に科学雑誌『Nature』が、物理学上で未解決の5つの重要課題を掲載しました。第1が異星人との交信、第2が万有引力の法則が成り立たない素粒子物理学の重力異常、第3が生物界でタンパク質などに対称形の異性体(ミラー分子)ができた理由、第4が重力波の検出、そして5つ目にキログラムの定義改訂が入っていたんです」
「キログラムの定義が、物理学上で未解決の5つの重要課題とされたのは、プランク定数(やアボガドロ定数)をこれまで誰も正確に測っていなかったからです」
2019年5月20日以前の辞書・辞典では数値がマチマチであるのはそのためだったのだ。
ちなみに「アボガドロ定数」は、「物質1モル中に含まれる分子・原子・イオンなどの粒子数」だが、その値も不確かなままだったが、2019年5月20日をもって、
NA=6.022 140 76×1023 mol-1
という誤差のない正確な物理定数となった。
「プランク定数」と「アボガドロ定数」は相互関係にあるため、「アボガドロ定数」が測定できれば、「プランク定数」は決定できる。キログラムの新定義を目指した日本の産総研のチームは、この「アボガドロ定数」を測定することに全力を尽くしてきたのである。