レッズ・ベルマーレ戦の「誤審」から考える、審判ー選手関係のあり方

決して対立関係ではないはずだ

なぜこんな失敗が起こったのか

「失敗とはより賢く再チャレンジするための良いチャンスである」

これは“自動車王”と呼ばれたヘンリー・フォードの名言として知られる。

5月17日のJ1、浦和レッズ―湘南ベルマーレ戦(埼玉スタジアム)で誰の目から見ても明らかな誤審があった。前半31分、湘南の杉岡大暉が左足でミドルシュートを放った場面。ボールは右ポストの内側に当たり、左サイドネットにはね返されて飛び出してきた。しっかりとゴールラインを割っているにも関わらず、主審はゴールと判定せず、そのままプレーを続行した。

完璧なゴールだというのに、なぜこのような“失敗”が起こったのか。検証することによって問題の本質をあぶり出してきたい。

 

まず審判サイドから考えることにしよう。

映像を確認すると主審の位置から右ポストに当たったのは見えても、左サイドネットにはね返されたのは見えなかったはずだ。ここで主審は浦和ゴール側の副審に判断を求めたわけだが、ゴールラインを割っていないと主張したのだろう。

確かにサイドネットにはね返ってボールが出てきたというケースは記憶にない。副審は決定的瞬間を見逃したことになるが「サイドネットからはね返されて出てくるわけがない。右ポストと左ポストに当たって弾き出された」と状況証拠を根拠としたに違いない。

逆サイドの副審、第4審判ともインカムで交信可能なわけで、「どう見てもゴール」を見落としたのは審判団全体の責任である。主審は副審の主張を全面的に受け入れたことは分かるが、浦和は肩を落として一方の湘南は喜んでいるのだから“待てよ。実は入っていたかもしれない”とスタジアムの雰囲気を感じ取るべきではあった。自分が見えていなかったとしたら、副審を信頼しつつも「再確認」に動くことは可能だった。

プレーが止まったときに、審判団で協議することはできなかったのか。副審は目視できていたのかどうか、それとも状況証拠なのか、判断の根拠を知ったら次のアクションを起こすこともできた。

副審はノーゴールという判断で、他の審判からは見解が出ていない(ひょっとしたら同じようにノーゴールと言ったかもしれないが)。しかしスタジアムはゴールが入ったという雰囲気。湘南サイドも猛抗議している。主審は明確に見えていない――。

次のアクション、いや最終手段は選手への確認ではなかったか。

IFAB(国際サッカー評議会)の競技規則にある「競技規則の適用」にはこんな一文がある。

<競技者はサッカーがつくり出すイメージに大きな責任を負っている。また、競技規則と審判の判定のリスペクトのため、チームのキャプテンは重要な役割を果たすべきである>

拡大解釈かもしれないが、両キャプテンを呼んで状況を聞いて判断材料にすれば、浦和側もノーゴールだったとは言うまい。