川村元気「人は、何を覚えているかより、何を忘れたかでできている」

認知症がテーマの新作小説に込めた思い
伊藤 達也 プロフィール

忘れることで残る、大切なもの

――忘れていくことを清々しく思った?

川村:僕は花が好きなんですが、花は枯れることを前提に買ってきますよね。造花に感動しないのは、枯れないからだと思う。だから、死んでしまうことや忘れてしまうことが何か美しいことにつながっている感覚があるんです。

小説で登場人物たちに代弁させているんですけれど、僕自身、誰だか知らない名前や二度と見ない写真であふれるスマホにうんざりしていて(笑)。手帳を毎年捨てられたころのほうが良かったなと思うことが多いんですよ。写真だって、昔はアルバムに入れたり、捨てたりしたものが、どんどんスマホに溜まっていて、結果としてどうでもいいものになっている。

何もかも忘れないようにするうちに、大事なものが見つけられなくなる感覚がすごくあるんです。だから忘れていく祖母が、すごく羨ましいなと思うことすらあった。メモリーに大事なものしか残っていないんじゃないかと思ったら、すごく良いなと思ったんですよね。この小説でも、覚えているはずの側が、大事なものを忘れていた、という物語を描きたかったんです。そういう驚き、感動によって、自分の中にテーマがきちんと残るのが物語の力だし、それをエンタテインメント小説としてやるということをすごく意識しました。

 

小説は記憶や感覚を引っ張り出す

――切実な問題については、ノンフィクションやドキュメンタリーといった伝え方もありますが、あえてエンタメとしての表現を選ばれたわけですね。

川村:ドキュメンタリーにすると、テーマによっては重すぎたりして、どこか他人事になってしまうときがあります。小説のいいところは、読者の記憶や感覚を引っ張り出してくれるところだと思うんです。今作は僕の取材や記憶をベースにした物語ですが、読んでいる人が、小さい頃に犯した罪や後悔だとかを思い出したりするかもしれない。

作中にある「いちごみるくの飴」のエピソードは、実際に僕がやらかした人生初の罪なんです。そして最後のどんでん返しとなるシーンで、すっかり忘れていた、だけれども自分という人間の根本にある景色を描きました。そういう描写が、たくさんの人に気づきや感動を与える。それを、この物語を通じてやれないかと思ったんです。

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