川村元気「人は、何を覚えているかより、何を忘れたかでできている」

認知症がテーマの新作小説に込めた思い
伊藤 達也 プロフィール

「AIに個性をつくるなら何かを忘れさせる」

――それでは、2つめの理由は?

川村:以前、『理系に学ぶ。』(ダイヤモンド社)という対談本を作った際、いろいろな人工知能(AI)の研究者とお話する機会があったんです。AIが人間の仕事を奪うんじゃないかという批判もあった時期ですから、「結局、人工知能で何をしたいんですか?」とみなさんに尋ねると、多くの人が「人間を作りたい」というんですね。「では、人間を作るってどういうことですか?」と質問すると、「いろんなことを記憶させるんです」と。

つまり、人間って記憶なんだなと思ったんです。僕はその時、直感的に、AIに個性を作るなら何かを忘れさせようと思いました。小説にも書いたように、画家のAIならば、ゴッホやゴーギャン、ピカソなど、あまたの絵をディープラーニングさせた後に、「赤」という色の記憶を抜く。そうすると、その画家のAIは、赤という色を表現するために新しい作家性を生み出すと思うんです。

もし作家のAIなら、いろんな作家のAIをディープラーニングさせた後に、「愛」という言葉を抜いてみる。すると、愛と言う言葉を使わないで愛を表現しようとするから、また新たな作家性が生まれますよね。

〔PHOTO〕iStock

――持っているものというよりも、「欠けているもの」こそが、AIだけではなくて、その人間の作家性を作り上げるということですね。

川村:作家性もそうですし、人の個性って覚えていることより忘れてしまったこと、失ったことでできていると思うんです。誰しもがそのはずで、子供の時に受けた心身の傷とか、悔しかったこととか、どちらかというとポジティブなことよりもネガティブなことでその人の個性ができている。

そう考えた時、意外なことに「忘れていく」ことに前向きになれたんです。人間は何を覚えているか以上に何を忘れているかでできているのではないかと思って。それならば、忘れていくことで何かがクリアに見えてくる物語を書けないかと思ったんです。それが、2つめの理由ですね。

認知症は『恍惚の人』で止まっている

――では、3つ目は?

川村:3つ目は、祖母が患ったことをきっかけに、認知症を題材にした小説をかなり読んだのですが、やはり代表作は有吉佐和子さんの『恍惚の人』なんです。200万部近く売れた、ベストセラーです。出版は47年前と、半世紀も前。驚いたのは、未だに認知症のイメージって、そこに書かれているある種「悲惨で壮絶な」ものと変わらないということ。そのイメージを、なんとかアップデートしたいなと。

そのために取材をして、認知症の方に100人以上お会いしたし、施設も10以上回りました。取材する中で、認知症の方には「忘れてしまうほうが幸せ」という人もいて、切実なのは、介護する側、子供の側なんだなという気づきがありました。つまり、僕たちの側です。なので、こっち側からの新しい提案、提言ができないかと考えたんです。だからこの小説では、認知症の母・百合子が見ている世界と、その息子・泉が見ている世界を交互に描いています。

百合子の視点を読むと、彼女に独特の世界観があることがわかると思います。認知症の方と話して、彼らの中で“時間が並列化されている”ということに気づきました。時間が止まっているんです。それは永遠を生きているようだとも思いました。

祖母と話していても、どうしても、最後までしがみつく記憶があるわけです。人によってそれは家族のことだったり、恋愛感情だったりするんですけれど、それが清々しくも感じて、羨ましいなと思いました。自分が最後にしがみつく記憶ってなんだろうな……そこが自分のコアなんだろう。そう考えながらこの小説を書きました。読者にとっても、そんな体験をしていただける物語になっていたら何よりです。