川村元気「人は、何を覚えているかより、何を忘れたかでできている」

認知症がテーマの新作小説に込めた思い

川村元気、1979年生まれ、40歳。

2016年に国民的大ヒットとなったアニメ『君の名は。』をはじめ、『電車男』(05年)、『告白』(10年)、『モテキ』(11年)、『バケモノの子』(15年)、『怒り』(16年)……などなど、彼が企画、プロデュースで関わった映画作品を挙げれば、ヒット作のタイトルが並ぶ。

プロデューサー業以外にも、映画監督、脚本家、絵本作家などいくつもの顔を持つ川村。中でも注目されるのが、小説家としての活動だ。『世界から猫が消えたなら』『億男』『四月になれば彼女は』。これまで発表した小説は、いずれもベストセラーになっている。

川村元気

「1作目の『世界から猫が消えたなら』では死を、2作目の『億男』ではカネを、3作目の『四月になれば彼女は』では恋愛をテーマにしたのは、小説においては“人間にとってコントロールできないもの”を書こうと思ったからです。

テーマを出し尽くしたと思った時に、プライベートなところで突きつけられた問題が『記憶』でした。人の生き様すべてが『記憶』とつながっている。これこそが、僕が切実に知りたいと思うものの最終地点だと感じながら『百花』を書いていました」

川村が新刊『百花』で選んだテーマは、「認知症」。

主人公の葛西泉は、アラフォーの音楽事務所社員で、同僚の妻・香織と初めての出産を控えている。そんなある日、ひとり親で育ててくれた母の百合子が若年性アルツハイマーであることを知る。だんだんと記憶を失っていく母の言動に振り回されながらも、泉は母とは反対に、それまで忘れていた「記憶」を発見し、ふたりのあいだで隠されていた「事件」と向き合うことになる――という、ミステリーの要素も盛り込まれたストーリーだ。

川村が切実に向き合った問題とは何なのか。本作に込めた思いについて聞いた。

 

「あなた誰?」という質問に答えられなかった

――主人公の泉は35歳で、川村さんとほぼ同世代です。認知症の親を持つには若い印象がありますが、認知症をテーマにしようと思われた理由について教えてください。

川村:大きく3つあります。一番大きかったのは、5年前に祖母が認知症になったこと。当時83歳の祖母に久々に会ったら、「あなた誰?」といきなり言われたんです。小説で泉も同じ体験をするのですが、僕もショックでした。

現在、日本には認知症の人が500万人いるのだから、いずれ自分の身の回りにも起こる問題だと分かっていたはずなのに、どこか関係のない世界のように感じていた。今僕は40歳ですが、5年前に初めて、目の前に突きつけられたんです。

――ショックを受けたのが35歳の時だったから、主人公の年齢も35歳なのですね。

川村:さらにショックだったのが、「あなた誰?」という問に答えられなかったことなんです。答えるべきは名前なのか、職業なのか。それが自分を自分だと証明するとは思えなかった。僕と祖母の関係とはなんなのか。アイデンティティ・クライシスに陥ったんです。でも、自分とは何かを考え直すいいきっかけにもなると思い、祖母のもとに通いました。祖母と僕との記憶、思い出を、一つずつ話していったんです。

祖母はまだら呆けという状態だったので、覚えていることも忘れていることもありました。ある日、「一緒に海で釣りをした時、すごく大きな魚が釣れたよね」と思い出話をしたら、「あれは湖よ」と訂正されたんです。家に帰ってアルバムを開いてみたら、本当に湖だったんです。忘れる人と向き合いながら、実はいかに自分の記憶が適当で、改竄されたものかを思いしりました。しかも、大事なことを忘れているのは、実は僕のほうだったりする。

そこから生まれたのが、「認知症の母と触れ合うことで、いろいろなことを思い出していく息子」の物語でした。