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今こんな政治家がいたら…「総理の椅子を蹴飛ばした男」をご存知か

戦争を経験した男の凄み

折しも「田中金権政治」の全盛期、一人の頑固な政治家がいた。曲がったことが大嫌いで、友情に厚く、カネには潔癖。戦争を経験した男の凄みがあった。

伊東正義(いとう・まさよし)
1913年、福島県会津若松市生まれ。生家は会津藩士の家系で、祖父は戊辰戦争にも参加した。第二次大平内閣での官房長官を皮切りに、外務大臣、政調会長、総務会長など要職を務めた。衆院議員当選は計9回
平出孝朗(ひらいで・たかお)
56年、福島県生まれ。立教大学卒業後、伊東正義氏の秘書に。'91年に会津若松市議に初当選後、福島県議を経て、'15年まで福島県議会議長
荒井聰(あらい・さとし)
46年、北海道生まれ。東京大学卒業後、旧農林省に入省。'93年に日本新党から衆院選に出馬し、初当選。現在は立憲民主党の両院議員総会長
国正武重(くにまさ・たけしげ)
33年、愛媛県生まれ。早稲田大学卒業後、朝日新聞社入社。政治部次長などを歴任。著書に『伊東正義 総理のイスを蹴飛ばした男』など
 

大臣と喧嘩した官僚時代

国正 「総理の椅子を蹴飛ばした男」と呼ばれた伊東正義さんが亡くなって、今年で25年が経ちます。

平出 早いものですね。伊東先生には「五月会」という後援会がありました。伊東先生の死後、毎年春と秋の年2回、後援会で先生の眠る鎌倉霊園にバス旅行をしています。

五月会自体は東日本大震災を機に消滅してしまったのですが、その後は「会津先人顕彰会」というNPO団体が引き継いでいて、今や先生の現役時代を知らない世代も参加しています。

亡くなって四半世紀が経っても毎年バスで墓参りに行く後援会なんて、伊東先生くらいのものだと思います。秘書に対しても、決して声を荒らげない、優しい先生でした。

荒井 本当ですね。伊東さんは元々、農林省(現・農林水産省)に入り、事務次官まで務めました。

私が農林省に入った時にはすでに伊東さんは議員になられていましたが、「伊東イズム」は省内で伝説のように語り継がれていました。他の事務次官の人たちでも、そんな人はいませんでした。

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国正 伊東さんは福島・会津若松出身です。会津藩士の流れを汲む名家で、兄弟はみな医師になりましたが、伊東さんだけが違う道に進んだ。

平出 伊東先生は信念や思想の軸がはっきりしていました。信念は会津人であることが大きくかかわっていると思います。

「できること、できないことをはっきりする」「やってはいけないということは絶対にやらない」、すなわち「ならぬことはならぬ」というものです。高校は名門の旧制会津中学(現・会津高校)です。