長生きしたい。そう思う一方で、「いつか認知症になり名前すらわからなくなるのでは」という恐怖も同時に抱えている。それを防ぐカギは「歩行」にある。あなたはちゃんと自分の足で歩けていますか?
「億劫だから」が命取り
「父は定年後も社交ダンスの講師を務めるくらい健康的だったのですが、70歳を過ぎたころから、『ひざが痛い』、『腰が痛い』とよく言うようになりました。自分で歩いて外出することすら億劫になり、自宅に籠もりがちの生活を送っていました」
こう語るのは金山芳樹さん(54歳・仮名)。父の面倒は実家の母に任せきりだったというが、だんだんと父の様子がおかしくなってきたという。
「母は出歩こうとしない父の世話をせっせと焼いていたようですが、皮肉にもそれが父から自立する機会を奪っていたのです。
父はかなり認知症が進んでしまったようで、母以外の人間がわからなくなり、実家に顔を出した私を不審者だと思って、警察に通報したり、見舞いに来た妻や娘の身体を触ったりするようになりました。
結局、父は誤嚥性肺炎を発症し、亡くなりましたが、まだ74歳で天寿をまっとうしたとは到底思えない最期でした。急激に衰えていく父を見て『歩かなくなったことがよくなかった』と気づかされました。でもそれも後の祭りです」
現在、日本の65歳以上の人口は3500万人を突破。平均寿命は男性で80.98歳、女性は87.14歳まで延びた。
だがその一方で健康寿命は男性が72.14歳、女性は74.79歳に留まっている。つまり男性なら約9年間、女性なら約12年間、「健康ではない状態」で残りの人生を生きることになる。
内閣府の「高齢社会白書」によると、65歳以上の人で、「健康上の問題で日常生活に支障がある」と答えた人は人口1000人あたり258.2人に上る。およそ4分の1の人が体に何らかの問題を抱えている。
中でも近年増えているのが、ひざや腰が痛いからといって、歩くのが面倒でベッドやソファでゴロゴロしているばかりになり、それが原因で認知症を発症し、そのまま死亡するケースだ。
「日本人で『歩けない』『歩きたくない』という場合の理由で多いのがひざ痛、腰痛です。高齢者になれば、どうしても加齢により、ひざであれば変形性膝関節症、腰であれば変形性腰椎症、腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症など、何らかの疾患を持っています。
骨粗鬆症が進行し、圧迫骨折を起こしている人もいます。まずはその原因を突き止めることが大切ですが、放置している人も少なくありません。
痛みのため歩いて外出する頻度が減ると認知機能が低下し、死亡率が上がるのはその通りだと思います。理由としては、正しく自分の意見が言えないことが大きい。症状を伝えられなければ、適切な治療を施すこともできませんから」(黒木整形外科内科クリニック院長の黒木啓之氏)