なぜGDPで金融が過大視されるようになったのか

英米流「手数料資本主義」の正体
玉木 俊明 プロフィール

アッサ氏によれば、何度かの改定のなかで大きかったのが、2008年の改定である。この改定で、GDPに占める金融部門の比重は大きく拡大した。これは、世の中がどんどんと金融化していることの表れであり、諸政府が、自国のGDPを少しでも大きく見せたいために生じた現象である。GDP自体は科学的な概念だが、現実にGDPを推計する行為には、政治的な利害関係が反映する。金融部門を過大視するGDPは、経済の実態を映し出すものとは言えない。

金融国家イギリス

では、どうしてアッサ氏が言う「GDPの金融化」が生じたのだろうか。歴史的には、19世紀後半世紀以降1914年までヘゲモニーを握ったイギリス、さらに第二次世界大戦終了後のアメリカの「繁栄」と関係があった。

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、イギリスは世界に冠たる帝国になった。イギリスは産業革命を発生させた国であったが、18世紀末から19世紀初頭にかけ、貿易収支が黒字であったことはほとんどなく、また黒字であったとしても、黒字額は非常に少なかった。

19世紀後半以降のイギリスに大きな利益をもたらしたのは、金融部門であった。世界中にイギリス製の電信が敷かれ、世界の貿易はロンドンの金融街であるシティで電信決済された。そのため、世界の貿易が拡大すればするほど、貿易決済の手数料がイギリスに流入することになった。世界中の多くの国々が金本位制になったのも、イギリスが金本位制をとっていたからにほかならにない。イギリスは、このように、金融業による手数料で膨大な収入を得た。私は、手数料収入に基づくイギリスのこのような資本主義を、「手数料資本主義」と呼んできた。

イングランド銀行(19世紀)。photo by Getty Images

イギリスが金本位制を採用したのは、1703年にポルトガルと結んだメシュエン条約の結果、ブラジルの金がイギリスに流入したことに端を発する。すなわち、イギリスは帝国化したからこそ金本位制を採用することができ、電信を発明したからこそ世界金融の中心となり、世界のヘゲモニー国家になることができたのである。

イギリスはまた、世界最大の直接投資国となり、世界のあちこちに鉄道を建設し、それにより大きな利益を得た。イギリスは、工業国家にとどまることなく、金融国家になったからこそ、ヘゲモニー国家になれた。

アメリカの圧倒的な金融力

イギリスのこのようなシステムは、第一次世界大戦の進行とともに崩壊することになった。植民地との紐帯が弱まり、戦争によって大きな経済的打撃を被ったからである。それに代わってヘゲモニー国家になったのは、アメリカであった。アメリカは、第一次世界大戦と第二次世界大戦を利用してヘゲモニー国家になったのである。

アメリカとイギリスの決定的な差異は、国土の大きさにある。アメリカの豊富な資源の重要性については、改めて指摘する必要はあるまい。アメリカは、国内の工業化に必要な石油、海運業に必要な海運資材、鉄鉱石が豊富にあった。したがって、ヨーロッパ諸国とは異なり、海外に広大な植民地を求める必要はなかった。

アメリカには、現在もなお世界を代表する多くの多国籍企業が本社を置いている。世界的な経済活動の主体は多国籍企業であり、それが基本的にアメリカの企業だということは、アメリカの利益こそが世界の経済活動になるということを意味する。

アメリカの国土は広く、アメリカ国内で成功した企業は、そのまま世界的な規模の企業になることができる。第二次世界大戦後、アメリカ企業は世界中に拡散した。そして、世界にアメリカ的な経営システムを輸出した。それは、フォーディズムに代表される大量生産、GMに代表されるモデルチェンジによる消費者の需要喚起、テイラーによる生産管理の方法である。

また、国際機関の多くは、第二次世界大戦後に設立された。国際連合、世界銀行やIMFがその代表である。IMFは加盟国の経済をコントロールすることはできないものの、IMFにもっとも多くの金額を拠出しているのは、アメリカ合衆国である。