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「完璧という領域」は確かに存在した

ダンサー、芸術監督、経営者・・・熊川哲也の20年

2年ぶりの舞台で感じた「時の流れ」

今年1月にオーチャードホール(東京・渋谷)で開幕したKバレエカンパニー公演『ベートーヴェン 第九』で、2年ぶりに舞台に立った。第四楽章「歓喜の歌」の合唱に乗せ、人類の誕生を見守り、この星の理想と希望を謳い上げる「創造主」を演じて踊った。

 

12年前、舞台でジャンプの着地に失敗し、右膝前十字靭帯を損傷する大けがをした。絶望の淵でリハビリを続け、再起をかけて創り上げたバレエ作品が、この『第九』だった。

すでに偉大な楽曲として成立している作品を視覚化することに対する畏れと躊躇はあった。同時に47歳を前にした生身の身体をさらすことは、自分にとってひとつの「賭け」だった。観客にどんな判断をくだされるかわからない。時折、後悔の念がよぎった。

リハーサルで20代のダンサーたちと踊ると、どうにも居心地が悪い。メイクのために鏡を覗き込むと、そこには以前とは違う自分がいる。髪はずいぶん白くなった。確実に時の流れを感じた

駆け抜けた20年の軌跡

東洋人初のプリンシパルを務めていた英国ロイヤル・バレエ団を突然退団した僕が、理想の舞台を追求するためにKバレエカンパニーを立ち上げたのは、もう20年も前のことだった。

この間、僕はダンサーとして舞台に立ち、芸術監督として振付・構成・演出そして新作バレエの創造を手がけ、経営者としてカンパニーを統率してきた。しかし世代交代が進むカンパニーには、僕と共演したことのない若手ダンサーが数多くいる。彼らに、僕と同じ空間で同じ空気を呼吸しながら踊る体験を通じて、年齢や立場を超えてバレエという言語で交感できることを身体で知ってほしい。その思いが『第九』のステージに僕を押し上げた。

このたび、この20年の自分の活動を書いた著書『完璧という領域』を出すことにしたのも同様の理由による。自分史を出すことには、ずっと抵抗があった。バレエに言葉はいらない。舞台の上で自らの身体を通して観客の心に訴えることができれば、それで十分だと思ってきた。自分の人生を総括する年齢や境地にもまだまだ達していない。

ロイヤル・オペラ・ハウス(photo by iStock)