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企業、消費者、投資家…誰もトクしない「米中貿易戦争」の代償

日本にメリットはあるのか?
貿易協議で合意を得られず、お互いに報復関税を課すと発表し、さらに激しさを増す米中貿易戦争。いったい誰がこの争いの「勝者」なのか?
米中貿易戦争が企業、消費者、投資家に与える影響を
米国の投資運用会社で働いた経験があり、『マネーの代理人たち』の著書もある小出・フィッシャー・美奈氏がわかりやすく解説する。

「犬の喧嘩」じみた米中貿易戦争

「犬は骨を分け合ったりしないが人間は取引をする」と言ったのは「国富論」を書いたアダム・スミスだ。相手に何かを渡して代わりに何かを受け取る行為ーー取引とか貿易とかトレードは、何かを分かち合うという点において、本来、最も人間らしい行為だという意味だ。

今の米中のつばぜり合いを見たら、アダム・スミスは何というだろう。

日曜日のトランプ大統領のツイートを受けた今月6日の月曜日、日本では10連休明けの7日以降、世界の株式市場は「米中貿易戦争」に大きく揺れている。

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両国の交渉が難航したまま、10日に米国が2000億ドル(約22兆円)分の中国輸入品に対する関税を25%に引き上げれば、中国も600億ドル分の米国製品に対する最大25%の報復関税を6月1日から実施することを発表。13日には米国通商代表部(USTR)がさらに3000億ドル分の中国の輸入品に最大25%の上乗せを検討する「第4弾」を発表し、泥沼に突入した。

これまでは対象外となっていたアップルのiPhoneも、今度ばかりは例外ではない。アップル株も13日に6%急落し、交渉の行方を楽観視し底堅い企業決算に気を良くしていた世界の株式市場は、完全に足もとをすくわれた形となった。

 

アダム・スミスは「神の見えざる手」(一人一人が自分の利益を追求すればそれが自然にバランスして経済が成長し、社会全体の恩恵につながること)など、自由主義経済の擁護者として知られる。そのため、強欲で利己的な利益追求を是認したように勘違いされがちだが、実は倫理主義者であった。

そのスミスは、貿易収支が赤字なら自国の「損」で相手国が「得」だと決めつける貿易均衡偏重論ほど馬鹿げだものはないと、今から250年も昔に警告している。問題にしたのは、国家が自国利益ばかりを追求して民間経済に介入し、他を顧みない重商主義だ。

重商主義は、一方が「勝て」ば、もう片方は「負け」る「ゼロサムゲーム」の考え方だ。ゼロサムゲームでは奪い合う資源は固定的だというのが前提だから、「勝つ」ためには輸出を増やし、輸入は関税などによって抑えなければならない。勝ち負けの尺度は、貿易によって自国に溜まる金銀の多寡だ。

これに対してスミスは、金銀を溜め込むことのみが国を豊かにするというのは間違った考え方だと警告した。開かれた貿易によって国内で余剰になっているものと国の中に足りない物を交換し、生産効率を上げることによって国民生活が向上する。国民生活の向上こそが国を豊かにするのだから、国庫の金よりそちらを優先すべきだと訴えたのだ。

覇権争いの様相を強める米中貿易戦争をアダム・スミスが見たら、さしずめ骨を取り合う犬の喧嘩だとでも言うだろうかーー。

割りを食うのは消費者

実際のところ、これまでの保護貿易主義の影響はどう出ているだろう。

カリフォルニア大学などの経済学者らがこれまでのトランプ政権による関税引き上げの影響を共同で追跡し、今年3月に2度目の途中経過を発表している。そのデータによれば、輸入品が割高になったことによって米国消費者と輸入材料を製造に使う企業などの生産者が被る損失は年間688億ドル(米国GDPの0.37%)に及ぶ。

一方で関税収入と自社製品の値上げを享受する企業の利益はあるが、それを差し引いた純額でも、国全体で78億ドル(GDP0.04%)の損失という計算になった。保護主義によるメリットは相手国の報復によるダメージで相殺されてしまい、トータルではどちらかというと損をするという結果だ。

しかし「誰が損をするのか」を見ると、とばっちりを食うのが消費者だということははっきりしている。

米国の輸出先に占める中国の比率は8%、一方中国の輸出先に占める米国の比率は19%もあるので、米中対立で打撃を受けるのは米国ではなく中国だとよく言われる。ところがこれをひっくり返して米国の輸入がどこから来ているかで見れば、その22%は中国で、米国の中国依存度はかなり高い。中国製品に全面的に高関税をかければ、多くの米国企業や消費者にしわ寄せがいくのは明らかだ。

ニューヨーク連銀、プリンストン・コロンビア両大学による別の研究でも、毎月米国の消費者が30億ドル、中国から中間財を輸入する米国企業などが14億ドルの損失を被るという推計がある。 

トランプ大統領は関税コストを負担するのは中国だとツイートしたが、スマホや衣類、おもちゃや衛生用品まで並んだ第4弾のリストを見れば、その嘘は明白だ。テレビ番組に出演した大統領側近さえもが、米国企業や消費者の負担を認めざるを得なかった。