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男たちが言う「俺も昔は悪かった」のウラに隠されたストレス構造

いかにして男の子は男の子になるのか①
社会学者の水無田気流さんが、自身の子育ての経験を元に、男の子がどのように「男の子的特徴」を身につけていくのかを考えていく連載「いかにして男の子は男の子になるのか」。第1回となる今回はまず、では、その「男の子的特徴」とはいったい何なのかを、水無田さんの「苦手」を元に考察します。

男性がしてしまいがちな話

個人的な感慨で恐縮なのだが、私は「男性がしがちな話」で、ものすごく苦手なものが2つある。1つ目は、「俺も昔は悪かった」自慢。……もうこの手の話をしているときの男性は、かなりの自己陶酔感を顔中から表明している場合が多く、困る。何がといえば、反応に。

たぶん、Siriならば「申し訳ございません。意味が分かりません」とか、「どこのお加減が、悪かったのですか? もしまた悪くなられた場合は、近くの病院の診療科をご確認ください」とか、そんな感じの対応がなされそうな話なのだが、私はどう返すのが最適解なのか、いまだによく分からない。

「昔荒れていたのに……、今は立派になられて、更正されたんですね。さぞや努力されたんですね」と、感心すればいいのだろうか。いやたぶん、というか絶対に、ソレジャナイ感がする。

妹には以前、

「お姉ちゃん馬鹿ねー、それは『男の自慢話』の一種なんだから、全部『すごいですねー』って言っておけばいいのよ。内容なんて、しっかり考えてあげてもあげなくても、おんなじなんだからー」

と、身も蓋もないけれども、たぶん大枠ではそれが正解なことを言われた。

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ちなみに、「すごい」という形容詞の語源には、直接性を意味する「直ぐ」と、度を「過ごす」の説と、さらに古語では強靱で恐ろしい様を意味する「醜(しこ)」だとする説がある。古文でも、他を凌駕するなどポジティブな意味と、恐ろしいというネガティブな意味双方で使用されていた言葉である。

この両義的で曖昧な意味が、中古の時代から適用されていたということは、もしかしたら平安時代の女官なども、自慢の過ぎる上達部(かんだちめ)あたりの話に辟易しながら、「へーすごいですねー(うわ、キモッ)!」、「それはすごいですねー(ぎゃー恐ッ!近寄りたくないわ〜)!」などと言ってお相手をしていたのかもしれない、とつい妄想してしまう……。

 

「排除」の仕方に男女差はあるのか?

さて、2つ目の苦手な話は、これはさらに深刻なのかもしれないが、「ヤツはもうおしまいだな」的な、誰かが仕事その他の社会的な失敗をやらかすと、いややらかさなくても囁かれる、「たいしたことないヤツなのに目立っていて目障りだなチクショウ何かやらかさないかな」などと期待を込めた感じの噂話・陰口である。これも、困る。反応に、困りまくる。

会話というのは生き物なので、感情的に同水準のテンションを求められる話題で、共感もできなければ、まったく同様のテンションになれなれない話というのは、大変に苦痛である。実はこの手の話、男性と2人で話しているときはあまり聞かないのだが、多数の男性の中に少数の女性という構成で放り込まれた場では、なぜかよく耳にする。

私は今のところ僧侶の類ではないので、人が他人の悪口を言うことを戒めたり、諭したりするつもりはない。というか、なぜ古今東西の様々な宗教が、たいていの場合他人の悪口を言うことを戒めているのかをつきつめると、「人間にとって、他人の悪口は楽しい」からに他ならないからだと思っている。