宇都宮動物園の裏門に、半年で20匹の子犬が置き去りにされたニュースが話題になった。放棄した犯人はわかっていないが、悪徳ブリーダーか去勢避妊手術をせずにむやみに増やした多頭飼育崩壊の可能性は高い。

ペットブームの影で後を絶たない飼育放棄の現実。“殺処分ゼロ”という言葉がひとり歩きする中、全国での動物愛護センターに持ち込まれる動物は、犬猫合わせて10万648匹もいて、殺処分もまだ43,216匹もいる。しかも、飼い主が飼育放棄し、センターに持ち込んだ件数は、犬猫合わせて、成犬成猫合わせて11,263匹、子犬子猫で3,998匹もいる(29年度「犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況」環境省)。今回のような放棄や動物ボランティアへの持ち込みも加えれば、もっと多くの数になるに違いない。

「放棄される動物を減らすには、販売規制などの動物愛護法の法改正も必要です。でも、それと同時に、人と動物と暮らすための基本的な情報や、“命とは何か”を飼う側が学ぶことも必須だと感じています」というのは、動物保護シェルターを運営している特定非営利活動法人『ランコントレ・ミグノン』の友森玲子さんだ。

そんなことから友森さんは、数年前から子供たちを対象に、教育現場からのリクエストを受けて、『いのちの教室』を行っている。大人たちが子供たちに命に対してどう伝えるべきなのか。子供にペットが欲しいと言われたら大人はどんな心構えが必要なのか、友森さんに話を伺った。

動物の視点をまずいっしょに考えてみる

東京杉並の小学校で行われた「いのちの教室」の風景。photo/山内信也

「今日はみなさんに保護動物のお話をしながら、一緒に命について考える授業をしようと思います。この中で動物を飼っている人はいますか?」

2011年から私が行っている『いのちの教室』はそんなふうに始まる。

子供たちがどの程度動物と関わった経験があるか聞き取りつつ、話を始めるのだ。さらに、体感もしてもらう。子供たちに、しゃがんでもらい犬や猫の目線になってもらう。そして、しゃがんだ姿勢の子供の顔の近くに、立った姿勢で無造作に手を出してみる。

「犬や猫に触りたいって急に手を出すとこんな感じなの。こうやって目の前に手を出されどんな気持ちがすると思う?」と、子供たちに感想を聞く。「急に手が出てきら怖いと思う」「ビックリして目をつぶっちゃう」「知らない人の手だったら触られたくないかも」とさまざまな感想を言ってくれる。

これは小中高校生を対象に依頼があった学校へボランティアで出張し、不定期に続けている活動のひとつだ。子供たちの学年によって内容は異なるが、保護動物などの現状を伝え、命の大切さについて、子供たちといっしょに考える授業を展開している。

あえて動物を同伴しない『いのちの教室』

この『いのちの教室』では、動物は同伴しない。父兄やときには学校の先生からも「子供たちを動物たちと“ふれあい”を体感させたいから保護犬猫を連れてきて欲しい」とリクエストが来る。確かに“ふれあい”という言葉は、とてもいいイメージで用いられる。動物について理解するために、“ふれあい”授業をして欲しい、と言われると、一見正しいように思えてしまう。

でも、動物の側から見たらどうだろうか。人間よりも移動のストレスに弱い動物が事情も知らされずに車に乗せられ移動し、初めて会うたくさんの子供たちの視線にさらされる。多くの人に注目されるだけでも、動物たちは心臓が爆発しそうなのに、全員が「触りたい!」となったら大変子供たちの中には楽しくなるとうれしくて声が大きくなってしまう子、動き回ってしまう子もいる。動物は基本的に騒がしいのが苦手だし、たとえ優しく撫でられるにしても、不特定多数の知らない人間に囲まれて触られるだけで甚大なストレスを感じてしまうのだ。

例えば、高齢者との“ふれあい”活動では、勝手に高齢者を撫でたり、抱きついたり、大勢でジロジロと観察したりはしない。一緒に何かを体験するなど対等に交流し、お互いを理解する、というのが“ふれあい”活動の基本だ。それが、動物になると急に、大勢で撫でる、抱く、とむやみに触りまくるという展開になることに、違和感を覚えてしまうのだ。