フィンランド政府が2年間ベーシックインカム給付をして分かったこと

誰も働かなくなるのか、それとも…
山森 亮 プロフィール

「福祉の罠」とは何か

さて、負の所得税が提唱されたのにはいくつかの理由があるが、そのうちの一つはいわゆる「福祉の罠」と呼ばれるものである。

たとえば就労可能であると判断されると給付資格を失うような給付であれば、かりに病状などが回復して職探しを始めた段階で給付を失うことになる。

それで実際に職が見つからなければ困窮状態がひどくなるため、病状が回復しても職探しを始めず、結果的に福祉から抜け出せなくなってしまう。

実際に職に付かないと給付が打ち切られない場合でも、つける見込みのある職での賃金が福祉給付額を下回る場合や、職に長期的にとどまり続けられる可能性に不安があれば、福祉にとどまることが合理的選択となることもある。

負の所得税の場合、所得が増大するにつれて給付額は減っていき最終的にはゼロになるが、従来型の稼得能力の喪失状態や失業状態にあることを条件に給付される給付にくらべると、こうした「罠」をもたない。

そうしたことから失業給付などの従来型の福祉制度にくらべて、むしろ就労を促進するのではないか期待する向きもあるのである。そうした人びとの多くはベーシックインカムについても同じ期待が抱いてきた。

 

前述の「働かなくなるのではないか」という危惧とはまるで正反対ではあるが、そのように考える経済学者の伝統は、スティーグラーやフリードマンら以来、前回紹介したピサデリスにいたるまで、連綿と続いている。

3人ともノーベル経済学賞を受賞しており、異端というわけではない。また部分的負の所得税ともいうべき、給付付き税額控除はアメリカやイギリスなどいくつかの国で導入されている(詳細は『ベーシックインカム入門』光文社5章参照)。

フィンランド政府も今回の実験にあたって、そうした効果を検証することを大きな目的としてきた。

この点に関して言うと、個別のケースでは、現行の失業手当制度のもとでは給付が打ち切られてしまう起業をおこなったりした事例はあったけれども、統計的には先述のように有意な差はでなかったので、とくに効果なしということになる。

ただ今回の社会実験で雇用に有意な増減がみられなかったことは、実際にBIが導入されたときに雇用に増減がない証明とはならない。

なぜなら、実験の場合、給付期間に終わりがあることは被験者は知っており、そのような状況での意思決定と、制度としてBIが導入され長期にわたって給付を受けられる場合の意思決定は変わってくる可能性がある。

また、今回のような小規模な実験では、労働市場に影響は与えないが、社会のほぼ全員が給付をうけるようになれば、供給側の交渉力の増大やそれに伴う賃金の上昇や求人の減少なども起こりえる。

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